特集2024.03

災害と雇用・労働・ICT
働く人への影響を考える
自然災害とジェンダー平等
「災害女性学」を知る

2024/03/13
自然災害は、すべての人に等しく影響するわけではない。多くの命を救うためにも多様性への配慮が重要になる。そこではジェンダー平等は欠かせない視点だ。「災害女性学」を研究する宮城学院女子大学の天童教授に聞いた。
天童 睦子 宮城学院女子大学教授

「災害女性学」とは?

──「災害女性学」とはどのような学問でしょうか。

「災害女性学」とは、復旧・復興の現場で活躍する女性たちの実践知と、災害を女性学の視点から捉え直すことを狙いとした学術的な枠組みです。

東日本大震災の後、女性学や家族社会学に詳しい宮城学院女子大学の浅野富美枝さんと出会いました。その後、2016年に熊本地震があり、浅野さんが2011年に東日本大震災の被災地で経験したことも踏まえ、災害で女性が苦しむ背景や要因について学術的に分析する必要性を痛感し、市民と協働で2021年に『災害女性学をつくる』という本をまとめました。

──なぜ災害対応において女性の視点が大切なのでしょうか。

自然災害は、すべての人に等しく影響するわけではありません。誰により強く影響するのかといえば、それは社会的に弱い立場の人たちです。社会的にぜい弱な立場にいる人たちが自然災害のより深刻な被害を受けるのです。そこには人為的な背景が存在しています。

例えば、阪神・淡路大震災の時もそうでした。この震災では、男性よりも女性が約1000人多く犠牲になりました。その要因の一つに社会構造的不均衡があります。経済的に豊かではない高齢女性が、耐震性の不十分な住宅に住んでいたことが犠牲者の多さにつながった面があります。この事例は、社会的・経済的な地位が、災害時の命を左右することを物語っています。

「災害女性学」の土台にあるのは、ジェンダー平等や多様性への配慮です。ここには非常時こそ人々の尊厳を守ることが重要という人権アプローチの視点もあります。それは女性だけではなく、子どもや高齢者、障害者、外国人などでも同じです。なぜ多様性に配慮する必要があるかというと、多様性に配慮することで助かる命が増えるからです。

災害時には、こうした人々の間で、それぞれ異なるニーズが生じます。その際に多様性への配慮という視点が重要になり、防災や復旧作業を担う組織の意思決定の場に多様な人たちの意見が反映される必要が出てくるのです。その中で、ジェンダー平等という視点は欠かすことができません。

浅野富美枝・天童睦子『災害女性学をつくる』(生活思想社)

意思決定の場の不均衡

──災害対応におけるジェンダー格差の現状は?

これまでの災害対応や復旧・復興対応では、意思決定の場における女性の割合が少ないという問題がありました。例えば、東日本大震災の直後に宮城県が設置した災害対策本部等の委員の約95%は男性で、女性は1割にも達しませんでした。こうした割合では、欠落する視点がどうしても出てきてしまいます。女性目線で避難生活での生理用ナプキンや洗濯物の干す場所の確保のような個別課題への対応も大切ですが、意思決定の場のジェンダー平等が実現していないことが、こうした問題の背景にあります。

行政の決定権者だけではなく、町内会長などの地域の意思決定の場も、男性割合が高いことが圧倒的に多いと思います。災害時は、ただでさえ「みんな我慢している」「わがままは言えない」という同調圧力が働きます。そうした中で意思決定の場で少数派の人が声を上げるのは困難です。災害時に意見を言えるようにするためにも、平時から意思決定の場のジェンダー平等を実現する必要があります。

労働分野の男女格差

──雇用や働き方の視点ではどうでしょうか。

災害後の雇用や働き方を見ても、男女に違いが生じます。

例えば東日本大震災の場合、震災後に被災地で増えた仕事は、建設関係の仕事でした。一方で、特に沿岸部で女性が多く働いていた水産加工の仕事は、なかなか元に戻りませんでした。

また、震災で仕事を失った女性がなかなか復帰できないという事例も多くありました。その理由は、女性が子どもの世話や介護をはじめとした家庭責任を果たすためでした。ケア責任の偏在が、震災後の男女の雇用・働き方の違いにも影響していたのです。女性が仕事を取り戻すためにもケアサービスの充実と保障が求められるといえます。

被災地発の女性と就労の新動向について、南三陸町を拠点に活動するNPO法人「ウィメンズアイ」は昨年、気仙沼市在住の18〜49歳の女性7082人を対象に、デジタルスキルや就労の現状、求められる環境・サポートなどを調査しました(有効回答数1445)。

その結果、デジタルやパソコンのスキルアップに対して74.7%の人が興味があると回答し、このうち約9割の人がエクセルの使用経験があると回答しました。

この結果からは、気仙沼にはデジタルスキルのポテンシャルがあり、スキルを高めたいと考える女性が多くいることがわかります。こうした人材を地域の雇用創出にどのようにつなげるのかが問われています。

一方、見えてきた課題は、保育をはじめとしたケアの不足が、女性たちが希望する生き方をかなえられない理由の一つになっていたことでした。こうした結果を見ても、家庭責任の分担やケアサービスの充実がジェンダー格差の是正につながることがわかります。

復旧・復興支援というと、被災直後の避難所運営や生活支援に目が向けられがちですが、災害は長いスパンで人々に影響を及ぼします。雇用や労働への影響はその一つです。その際、これまでは、インフラの復旧や工場の再開のような生産領域に注目が集まりがちでしたが、働く人たちの暮らしの部分である再生産の領域の復興にも目を向ける必要があるといえます。

学習プロセスからの共同を

──今後に向けて大切なことは?

2015年に開かれた第3回国連防災世界会議では、「仙台防災枠組2015-2030」という文書が採択されました。この中では、「より良い復興(Build Back Better)」、人間中心のアプローチなどが盛り込まれ、「災害における女性・若者のリーダーシップの必要性」も明記されました。ここで重要なのは、防災や復興の学習のプロセスにも女性や若者に参画してもらうことです。つまり、平時の学習時から女性や若者の参画を促して協働の市民力を高め、「人間の復興」の担い手としてリーダーシップを発揮してもらうことが重要だということです。

このように災害対応におけるジェンダー平等の必要性は、世界標準の課題となっています。災害の多い日本だからこそ、災害時におけるジェンダー平等を「常識知」にしてほしいと思います。

特集 2024.03災害と雇用・労働・ICT
働く人への影響を考える
トピックス
巻頭言
常見陽平のはたらく道
ビストロパパレシピ
渋谷龍一のドラゴンノート
バックナンバー