特集2024.03

災害と雇用・労働・ICT
働く人への影響を考える
災害復旧と労働者の
メンタルヘルスケア
「使命感ある時こそ冷静に」

2024/03/13
災害後に多忙化する労働者のメンタルヘルスケアが課題となっている。その対策としてまとめられた「災害時における地方公務員のメンタルヘルス対策マニュアル」の監修者である筑波大学の松井豊名誉教授と玉川大学非常勤講師で公認心理師の髙橋幸子さんに、現場で起きている課題や対策方法、および民間事業者への応用などについて聞いた。
松井 豊 筑波大学名誉教授
髙橋 幸子 玉川大学非常勤講師・公認心理師

災害後の環境変化

地方公務員は災害後にどのような課題に直面しているのだろうか。玉川大学非常勤講師の髙橋幸子さんは次のように説明する。

「まず、公務員には地方公務員法による職務専念義務があります。災害時には自宅の片付けや家族のケアよりも公務を最優先して働く義務があり、たとえ本人が被災者であっても被災者ではいられない状態になります」

「二つ目は、業務内容が質的・量的に変化することです。質的には、経験のない仕事を次々とこなさなければいけません。量的にはそもそもの人手不足の状態に拍車がかかり、多忙が深刻化します」

「三つ目は、被災住民とのかかわりです。行政職員は、消防や警察、自衛隊とは異なり、住民からクレームを受けることが多いです」

こうした変化は、メンタルヘルスにどう影響するのだろうか。髙橋さんは次のように説明する。

「最初に現れる反応は、トラウマとなった出来事が不意によみがえるフラッシュバックなどの急性ストレス反応です。こうした急性ストレス反応の多くは一過性で一般的には自然と沈静化していくのですが、業務多忙などで休息を取る余裕がないとストレス反応が継続し、『急性ストレス障害』や、さらには『外傷後ストレス障害(PTSD)』につながっていきます」

地方公務員が災害後の勤務で経験する苦労
(出所)地方公務員災害補償基金「災害時における地方公務員のメンタルヘルス対策マニュアル」(2021年)、一般社団法人地方公務員安全衛生推進協会「災害時における地方公務員のメンタルヘルス対策調査研究報告書」(2020年)

派遣される職員のメンタルヘルス

こうした反応は、被災地に居住し、勤務する地方公務員だけではなく、被災地支援として派遣される他の自治体の地方公務員にも当てはまることがあると髙橋さんは説明する。

「短期派遣は1週間程度の期間で、被災直後の混乱期に被災地のニーズ把握のために行われることが多いです」

「そこでの課題は労働環境です。派遣された職員の中には被災した人の話を聞いて共感疲労を起こし、PTSDの症状を発症する人もまれにいます。ただ基本的に多いのは、厳しい労働環境によってストレスがたまり、その結果、気分障害や不安障害などの抑うつ症状を発症することです」

被災地に派遣される応援職員のメンタルヘルスに関して筑波大学名誉教授の松井豊さんは次のように説明する。

「被災地に派遣される職員についてこれまでの知見から言えることは三つあります。一つは、被災地の悲惨な状況を見てショックを受ける人がいるということ。二つ目は、労働環境が悪い中で業務多忙になること。三つ目は、休みが取りづらく長時間労働になることです」

「ストレス反応の中には、緊張が長期間続く覚醒症状というものがあります。この状態になると、その人は『自分が何とかしなければいけない』という思いを強くし、休息を取らないようになっていきます。休むことに罪悪感を持つようになり、業務多忙と併せてメンタルへの負荷が増していきます。こうした状況が続くと、うつ症状にもつながっていきますし、さらに派遣後の『もえつき症候群』や『バーンアウト』につながることがあります」

求められるケア

では、災害復旧にあたる労働者にどのようなケアが求められるのだろうか。髙橋さんは、個人としてできるケアと組織としてできるケアがあると説明する。

「個人でできるケアは、セルフチェックです。『マニュアル』にはPTSD症状や抑うつ症状を測定するテストを掲載しています。こうしたものを活用して自分の状態を確認することができます」

「ただし災害時になると、そうしたチェックをすること自体、難しくなることがあります。そのため組織的な環境づくりが重要になります」

派遣した応援職員に対する組織的なメンタルヘルス対策として、松井さんは次のことが重要だと解説する。

「一つ目は、派遣された前任者から引き継ぎの機会を設けることです。現場の状況はどうだったか、どのような仕事をしたのか。そして一番重要なことは現地でどのようなストレスを感じたのか。こうした情報を後任者に引き継ぐ機会を設けることが大切です。それによって後任者は物理的・心理的な準備ができ、前任者は経験を話すことで達成感を得ることができます。こうした報告会にはストレスを緩和する効果があることがわかっています。1~2時間かけて丁寧に行うことがポイントです」

「二つ目は、現地では適宜、休息を設けること。休むことに罪悪感を持たないようにすることが大切です。重要なポイントは、『休みたくない』『休んではいけない』という気持ち自体がストレス反応だということです」

「それから、派遣者には、自分が安全な場所に戻ることに罪悪感を持つ必要はないと伝えてください。被災地から戻ってきた人の中には、『申し訳ない』と感じる人もいますが、それもストレス反応であることを理解することが大切です」

BCPと人的資源・メンタルヘルス

その上で、こうしたメンタルヘルス対策や人的資源の確保策を「事業継続計画(BCP)」に事前に盛り込んでおくことが大切だと髙橋さんは指摘する。

「BCPには、従業員が全員、100%の状態で出社できるというものも見受けられます。しかし、実際の災害時には被災して出社できない従業員がいたり、慣れない業務に従事したりで、100%のパフォーマンスを発揮できないことの方が多いです。企業には災害時の人的リソースや従業員のケアを含めたBCPを策定してもらいたい」と話す。

松井さんは、次のように指摘する。

「現在の緊急時の対応策では、人手不足の状態で一人ひとりが150%働かないとこなせないような課題を長期にわたって出し続けてしまうことがあります。しかし、そうした状態は最初のうちは何とかできてもそのうち疲弊して、結局は効率が下がってしまいます。例えば消防の場合、3日程度で職員を交代させるケースが多いです。非常に激務のため派遣が長期間になるとかえって効率が落ちてしまうからです。BCPには人的資源の補充やメンタルヘルス対策を盛り込んでおくことが大切です」

参考になるのが、コロナ禍における保健所での対応だ。

松井さんは、「私たちの調査では、コロナ対応に成功した保健所では、リタイアした人たちを集めて人的資源を確保していたり、市役所全体のように組織全体でバックアップする体制を構築したりしていました。緊急時に人的資源をどう確保するのかを考えておく必要があります」と話す。

一方、報酬という形で働きに報いることも大切だ。髙橋さんは、「コロナ対応にあたった保健所の調査では、労働に見合った報酬が得られなかったことがつらかったという声も多くありました。緊急時で多忙になったからこそ、その働きを認めることも大切です」と話す。

情報労連の仲間は使命感を持ってインフラ復旧にあたっている。

髙橋さんは、「使命感があるときこそ、作業をする本人も周りの人たちも冷静になって本当に無理をしていないかと気にするようにしてほしい。長い目で見た時に全員が高いパフォーマンスを発揮できる状態をつくった方が結果的に復旧作業も早く進むはずです。無理に働いて低いパフォーマンスが続き、実は成果が上がっていなかったという状態を避けることが重要だと思います」と話す。

松井さんは、「南海トラフをはじめ巨大災害は必ず起きるといわれています。人的資源の確保やメンタルヘルス対応も含めたBCPを構築しておくことが大切です」と強調する。

表1 短期派遣職員の勤務の苦労(多い順)
(出所)地方公務員災害補償基金「災害時における地方公務員のメンタルヘルス対策マニュアル」(2021年)
特集 2024.03災害と雇用・労働・ICT
働く人への影響を考える
トピックス
巻頭言
常見陽平のはたらく道
ビストロパパレシピ
渋谷龍一のドラゴンノート
バックナンバー