特集2025.06

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インフレ時に取るべき政策とは?
生活安定対策が物価高対策になる

2025/06/13
物価高が人々の生活を苦しめている。現状に対して取るべき政策とは何だろうか。生活の安定を犠牲にしない形の物価対策が求められている。
田中 信一郎 千葉商科大学教授

インフレ時の政策手段

インフレとは、お金の価値に対してモノやサービスの価値が高まる状態のことを指します。デフレはこの逆で、モノやサービスの価値に対してお金の価値の方が高い状態のことを指します。インフレでは、人々はお金よりもモノやサービスを欲しがりますが、デフレではお金をため込もうとします。現在は、物価が上昇しているのでインフレの状態にあるといえます。

インフレを抑制するための一般的な政策的手段は、モノやサービスへの需要を抑制するか、お金の需要を高めるか──のいずれかの方法です。

モノへの需要を抑制する政策としては、公共事業のような政府支出を削減し、需要を減らす方法があります。一方、お金の価値を高める政策としては、増税したり金利を高めたりして市中に出回るお金の量を減らすことが考えられます。こうした政策は一般的に緊縮政策や引き締め政策と呼ばれ、インフレを抑制するための政策手段として用いられてきました。デフレへの対応はこの逆ということになります。

ただし、こうした一般的な政策がいつも通用するとは限りません。1970年代のオイルショックの際は、物価が上昇しインフレが進んでいるにもかかわらず、生産コストの上昇や需要の弱さなどから景気が低迷するという「スタグフレーション」という状態に陥りました。この場合、景気の引き締め政策や緊縮政策を取れば、かえって景気を悪化させてしまうため、従来どおりの対応を取れないという難しい課題に直面しました。

それまでのケインズ的政策では、不景気の際に公共事業を増やして需要を支えてきました。しかし、いったん拡大した公共事業を縮小することは難しく、そのために緊縮政策が取りづらくなったり、財政赤字が膨らんだりという問題もありました。その結果、公共事業が市場の活力を低下させているという新自由主義的な論調が強まり、規制緩和や民営化が進むようになりました。これらの政策は市場の活性化につながる部分があった一方、格差を拡大させるなど、人々の生活を苦しくした側面もありました。

他方、減税という政策手段は、「手取り」を増やすという点では、人々の購買力を高め、一時的には生活の安定につながるというメリットがあります。しかし、インフレ時に購買力を安易に高めると、モノやサービスへの需要が高まってインフレが進むリスクが高まります。また税の再分配機能が低下することでセーフティーネットの機能が低下するというデメリットがあります。減税は、政府が人々から取るお金を一時的に減らすだけなので限定的な効果しかないという課題もあります。

いま取るべき政策とは?

では、物価高に対して、どのような政策を取ることができるでしょうか。ポイントは、人々の生活を犠牲にせず、安定させる形の対策を講じていくことだと思います。単に物価を下げるだけであれば緊縮政策を取ればよいかもしれません。しかし、それでは人々の生活の安定を損ないます。難しい課題ではありますが、生活の安定を犠牲にしない形の物価対策が求められます。

物価高への有効な対策として大きく三つの方法が考えられます。

一つ目は、日銀が市場と対話しつつ、利上げを含め、適切な金融政策を機動的に実施することです。

二つ目は、実質的な賃金を高め、物価高に見合う所得を確保できるようにすることです。ここでいう実質的な賃金とは、賃上げを含むことはもちろん、労働時間を短縮して時間当たりの賃金を高めたり、正規雇用に転換して雇用の安定を高めたりすることも含まれます。こうした対策は、生活の安定度を高めつつ、物価高に見合う所得を確保することにつながります。

三つ目は、医療や福祉などの公共サービスを充実させることで、インフレやデフレといった経済変動から人々の生活を切り離し、生活の安定度を高めていくことです。こうした仕組みがあれば、たとえ景気が悪化したり物価が上昇したりしても、医療や福祉などのサービスが受けられるため、生活の安定は維持できます。このように人々の生活を市場の動きから切り離すことが物価高対策としても非常に重要です。

現在の仕組みは、生活に必要なものを市場から調達する形になっており、市場に依存した社会になっています。これをできるだけ公共の仕組みから調達する方向に転換することが求められます。つまり、人々の生活を市場任せにするのではなく、公共が提供するベーシックサービスで下支えすることが、物価高対策になるということです。

その意味で減税は、ベーシックサービスの財源を縮小させる方向に作用しますし、市場からサービスを得る領域を広げることにもつながります。ベーシックサービスの供給量を拡大するためには、安定した政府財源の確保が重要です。

こうした対策は、物価高対策というより生活安定対策といえるかもしれません。物価高への対応は、このように複数の政策を組み合わせる必要があります。

わかりやすさのわな

しかし、こうした対策には有権者が直感的に理解しにくいという弱点があります。ベーシックサービスに限らず、「給付付き税額控除」も同じです。政策の直感的なわかりにくさが、有権者から支持を得にくい理由の一つになっています。

そのため、物価高対策の第一歩としては、その対策が複雑にならざるを得ないという認識を社会全体で共有することだと思います。インフレ対策は政治的にも極めて難しい課題であり、賃金が上がっていた高度経済成長期でさえ、人々は物価上昇による生活の苦しさを感じていました。その中で緊縮政策を取ることは政治的に難しいのです。だからこそ、現代の政治家も減税のようなわかりやすい政策に傾いてしまうのだと思います。

有権者にとって重要なのは、直感的なわかりやすさのわなに陥らないことです。物価上昇の要因は国際情勢を含む複雑な要素が絡み合っており、一つの政策で解決できるわけではありません。だからこそ、慎重な意見にも耳を傾け、周囲の人々と対話を重ねることが大切だと思います。

労働組合の役割

労働組合は、先ほど述べた実質的な賃金アップをけん引するという重要な役割を果たすだけではなく、医療や福祉といったベーシックサービスを提供する人たちの代表者としての役割もあります。その立場では、人々の生活を市場の変動から切り離し、安定させる仕組みを支える役割も期待されています。賃金の引き上げとともに、生活を安定させる基盤を整える組織として、その役割はますます重要になっていると思います。

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