トピックス2016.06

基地の島にうずまく激しい怒り
「過重負担」「辺野古新基地」は日本全体の争点だ

2016/06/17
沖縄で再び悲劇が起きてしまった。なぜこのような悲劇が生まれてしまうのか。沖縄の我慢は限界をとうに超えている。基地があるゆえの構造的な人権侵害をもはや放置することはできない。日本の民主主義が問われているのだ。
松元 剛 琉球新報編集局次長兼報道本部長

卑劣かつ残忍な犯行

沖縄に米軍基地が過度に集中するがゆえの悲劇がまた起きた。基地の島に激しい怒りが渦巻いている。しかし、それは「沖縄の怒り」として報じられ、「国民の怒り」にはなっていないように映る。

今夏の参院選は、日米安保を維持する代償として沖縄で被害者、犠牲者が拡大再生産される構図が正面から問われる。沖縄の我慢はとうに限界を超えており、国民的課題として向き合うことが各政党にも主権者にも求められている。

4月末に行方不明になっていた沖縄本島中部に住む20歳の女性が5月19日、変わり果てた姿で見つかった。嘉手納基地内に勤める軍属の元海兵隊員の容疑者(32)が女性を襲い、乱暴して殺したと供述している。供述によると、犯行当日、容疑者は乱暴する女性を探し回り、ウオーキングに出かけていた被害者を後ろから棒で殴って襲い、暴行した上でさらに殴りつけ、ナイフで刺して殺害した。卑劣かつ残忍の極みであり、誰が被害に遭っていてもおかしくなかった。最悪の結末を迎えた事件は、殺人事件として立件されることが確実だ。

女性の告別式が執り行われた日、遺体発見現場に出向くと、多くの花束と飲み物がたむけられていた。告別式後に駆け付けた喪服姿の同級生たちが声を上げて泣き、悲しみに暮れていた。化粧品販売の資格を得る夢と結婚を控えていた人生を一夜で奪われた被害者は、薄暗い雑木林の中に遺棄された。その無念さ、何の罪もない一人娘を奪われた両親の悲しみを思うと、猛烈な怒りがわいた。

日米両政府は第2の容疑者だ

米統治下の1955年9月、米兵が6歳の幼女・由美子ちゃんを車で連れ去り、嘉手納基地内で何度も暴行して殺害し、ごみ捨て場に捨てた。遺体は苦痛に顔をゆがめて歯を食いしばり、ぎゅっと結んだ小さな手に雑草が握られていた。琉球立法院は「沖縄人は、殺され損、殴られ損で、あたかも人権が踏みにじられ、世界人権宣言の精神が無視されている」と憤る抗議決議を可決した。

61年前の由美子ちゃん事件、1995年の少女乱暴事件、そして今回の事件は、軍隊組織で培われたむきだしの暴力が女性の尊厳を蹂躙する構図で通底する。米軍基地があるがゆえに奪われ、傷付けられた命は数え切れず、無数の無念が沖縄戦後史に深い影を刻み付けている。

在沖米軍基地の過重負担は、12万2000人余の県民が犠牲になった沖縄戦を起点とし、米統治下の27年間と日本復帰後の44年間で積み重ねられてきた人権侵害が織りなしている。日本軍が駐留していたからこそ沖縄は戦場になり、甚大な犠牲を払った。そして、基地あるがゆえの悲惨な事件が戦後71年たっても絶えない。沖縄の実情は「構造的暴力」が吹き荒れていると言うしかない。

不戦を誓う県民にとって、沖縄戦と今回の許し難い事件、民意を無視して安倍政権が進めている辺野古の新基地建設はまぎれもなく地続きの問題なのである。

あまりに過重な負担の是正を求め、辺野古新基地を拒む沖縄の民意は選挙を経て示された民主主義的正当性を宿す。それを一顧だにせず、虚飾と印象操作に満ち、実効性にまったく欠けた「負担軽減」「再発防止」「綱紀粛正」の文言を繰り返すだけの無策の果てに、新たな犠牲者を生み出した日米両政府の責任は極めて重く第2の容疑者と見なすしかない。

辺野古代執行訴訟の裏側

今夏の参院選は沖縄に過重な負担を背負わせ、さらに未来にわたって重荷を課そうとしている安倍政権への審判を下す選挙である。「日米同盟強化」の旗印の下で対米従属を深め、安全保障の負担の偏在をいとわない安倍政権は、集団的自衛権行使を容認し、米国の戦争に駆け付ける安全保障法制を強引に成立させた。

2015年秋からことし春にかけて、新基地建設を遮二無二推し進める安倍政権と翁長沖縄県政との間で三つの訴訟が闘われた。辺野古新基地ノーの民意を受けて知事に当選した翁長雄志氏が前知事の埋め立て承認を取り消すと、安倍政権は翁長知事の権限を一気に剥奪する代執行訴訟を起こした。沖縄県側も二つの訴訟で応戦した。

菅義偉官房長官周辺から「国は絶対に負けない」という根拠に乏しい情報が振りまかれた。在京大手メディアも「国が有利」「沖縄県の勝訴は厳しい」と見立てる報道が続いた。選挙で示された新基地ノーの民意を受け、国に抗う知事の権限を強引に取り上げる対抗策がまかり通れば、憲法が定める地方自治を危機においやる。代執行訴訟こそ、地方と国は対等と規定した改正地方自治法を無視した、政権の倫理崩壊であるにもかかわらず、メディアの批判のトーンは極めて弱かった。安倍政権特有の報道圧力によるのではなく、メディアが政権による印象操作に組み敷かれ、主体的に本質を突いて報じる力が減退しているからではないか。

代執行訴訟は審理が進むにつれて、究極の手段をいきなり繰り出した安倍政権の手法に対する裁判長の疑念が深まっていった。そして、和解が勧告され、国側の「勝訴」は見通せなくなった。

安倍政権の思惑

「絶対勝つ」と見立てていた安倍首相と菅官房長官は極秘に和解応諾に転じ、3月4日に和解に応じると発表した。沖縄県側も新基地の工事を止める効果は大きいと判断し、和解に応じた。国と県は全ての訴訟を取り下げ、工事は中断した。沖縄県の実質的勝訴と言える和解だった。

この日、翁長知事を官邸に呼び寄せた首相は「和解が成立して本当に良かった」と述べ、笑顔で知事と握手してみせた。翁長知事が別件で上京中に電撃発表し、裁判長から乱暴な訴訟だととがめられた為政者の悪い印象を薄める思惑があったことは間違いない。険しい表情を崩さない翁長知事とは対照的だった。安倍政権の和解応諾の背景には、夏の参院選を見据え、沖縄との“休戦期間”を設けることで、強権的な政権への印象を和らげたいという政権益最優先の思惑がある。

和解条項には、国と県による誠実な協議が盛り込まれたが、「辺野古が唯一」と言い張る安倍政権は3日後には県に是正指示を出し、埋め立て承認取り消しを取り消すよう求めた。裁判での乱暴なやり方でなく、一から手続きをやり直す意味がある。訴訟は和解しても、新基地を拒む翁長県政との溝はまったく解消されていない。さらに、安倍首相は3月末のオバマ米大統領との会談で「急がば、回れだ」と伝達した。

わかりやすく構図を描こう。

仲介者に促され、もめ事を話し合いで解決することをめざすと約束してみせる。だが、舌の根も乾かぬうちに相手方に短刀を突き付け、あるいは足を踏み付けながら、こちらに従えと威圧する。それでいて、世間には笑顔を見せて善人ぶる。悪代官の話ではない。沖縄を組み敷こうとする現代の為政者の姿である。

辺野古新基地は全国の争点

辺野古新基地の建設現場海域では5月までに立ち入り禁止を示す臨時制限水域のフロート(浮標)が撤去され、大型の作業台船も解体された。こうした中で参院選に突入する。

沖縄選挙区は、安倍官邸の肝いりで沖縄及び北方担当相に就いた島尻安伊子氏(自民党沖縄県連会長)と、翁長知事を支える「オール沖縄」勢力が支持し「新基地拒否」を掲げる伊波洋一氏の事実上の一騎打ちとなる。島尻氏は「辺野古推進」を明言しており、地元沖縄で辺野古新基地の是非が最大の争点となる。安倍政権対翁長知事の代理対決になる全国屈指の注目選挙区となるだろう。

沖縄の民意を無視し続けた、安倍政権の強権的手法が審判される選挙となる。1人区での野党共闘がほぼ成立する見通しとなる中、全国的争点として「日米安保と沖縄の過重負担温存」「辺野古新基地の是非」が問われねばならない。それは日本の民主主義が生きているかを示す極めて重要な争点にほかならない。

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