誰もが働きやすい多様性のある職場へLGBT施策を推進し誰もが働きやすい職場に!
当事者から信頼される労働組合をめざす
広がるLGBT施策
野田
人権問題は、労働組合の大きな運動テーマです。私たちは、女性や障がい者、同和問題などの人権問題に取り組んできました。ただ残念ながら、性的マイノリティーの課題に関して、立ち遅れているのは事実です。
村木
アメリカでは1970年代に女性運動が盛り上がるのと同時に、LGBTの権利保護の運動も始まりました。女性運動は日本に持ち込まれましたが、LGBTの運動は日本でメインストリームにはなりませんでした。
野田
それはなぜでしょうか。
村木
おそらく、女性運動や労働運動の中で活動していたゲイやレズビアンの人たちがカミングアウトできなかったからだと思います。当時はそれがまだ難しかった。カミングアウトのできる環境が生まれたのは90年代以降です。
野田
その頃よりも性的マイノリティーの人たちがテレビやマスコミに登場する機会が増えました。とはいえ、課題はまだたくさん残っているのでしょう?
村木
その通りです。東洋経済新報社の調査では、LGBTに関して何らかの取り組みをしている企業は大手900社のうち20%しかありません。アメリカならこの割合は90%に上ります。アメリカは同性婚を合法化しましたが、LGBTに関する雇用差別禁止法をすべての州が制定しているわけでありません。それでも9割の企業が何らかの取り組みをしています。日本も見習うべき点が多いと思います。
野田
日本でもここ2~3年、企業がLGBT施策に取り組むようになりました。背景にあるものは何でしょうか。
村木
さまざまな理由があります。一つは訴訟問題です。2015年に経産省のトランスジェンダーの職員が、トイレの使用などを巡って訴訟を起こしました。ヤクルト社の関連企業の工場でも、本人の周囲にトランスジェンダーであることのカミングアウトを強要して、うつ病になった社員が訴訟を起こしています。
他方で、労働力人口の減少が理由として挙げられます。企業は性的指向などにかかわらず優秀な人材を確保したい。外資系企業の場合は、離職防止の意味合いもあります。また、差別的言動が職場に残っているとLGBTの社員がモチベーションを維持して働くことができないため、生産性向上という観点で取り組む企業もあります。
世界の中の日本
野田
多くの企業は経営の視点から取り組んでいると言えますね。
村木
ダイバーシティマネジメントは経営課題の一つです。私たちの調査では、職場に差別的な言動があると感じている職場は、勤続意欲の低い職場であることと強く関連していました。がんばる気持ちが萎えてしまうのですね。
先般、アジアのLGBTアクティビストたちの国際会議に参加してきました。どの国も日本と似たような状況です。カミングアウトは欧米に比べて少ない。けれども、カミングアウトのできる環境があって、そこから人間関係が良好になると当事者たちのモチベーションが高まります。こういう好循環は、日本がリードして生み出してほしいと思います。
野田
私は国際労組のアジア地区の会長を務めています。似たような状況を感じますね。
村木
世界で見ると、中東圏をはじめ、同性愛などが犯罪になっている国もたくさんあります。一方で、その反対に同性婚を認める国も増えてきています。G7で同性婚等が認められていないのは日本だけです。
このように見ると、日本は世界の国々の中間に位置しています。LGBTの受容度に関する国際的な調査を見ると日本は、欧米より下位で、中東などよりは上位です。アジアの中では一番、受容度が高いです。LGBTの留学生で、日本でそのまま働きたいという人もたくさんいます。受け入れていきたいですね。
働きやすい職場づくり
野田
経済以外の観点で、もっと議論する必要もあるでしょうね。
村木
働きやすい職場づくりは労働組合に主導してほしいテーマです。しかし、残念ながら今のところ、人事部主導で施策が進んでいるように思います。
私たちの調査では、職場でハラスメントがあった場合にLGBT当事者が一番多く相談するのは外部機関です。他方で、社内で相談する場合に限っても、労働組合に相談する人は3.9%しかいません。相談しても理解してもらえないと思っているからでしょう。
管理職の中には、「うちの部署に当事者はいないから」と話す人もよくいます。しかし、20人に1人の割合で当事者はいるわけですから、20人以上従業員がいれば、1人は当事者がいる計算になります。管理職が「職場にいない」と言えば、その職場にいる当事者は、理解を得られないと思ってカミングアウトしないでしょう。そうすると余計に身近にいないように感じてしまうわけです。
企業は本社や人事部を中心に施策を進めていますが、本格的に取り組み始めたのは、2~3年前からの企業が多いです。それらの企業では、現場にどう落とし込むかが課題になっていて、私たちの調査では職場での差別的言動は相変わらず多い実態が明らかになっています。働きづらさはまだ解消されていません。
野田
おっしゃる通り、知識も認識もまだ足りていないのが現状だと思います。自分でも反省する点があります。労働組合がこれまで取り組んできた男女平等参画という運動課題をさらに広げなければいけませんね。情報労連では今年からダイバーシティ推進部会を設置しました。
村木
男女平等参画では、「男」と「女」になってしまいます。けれども、男性の中にもいろいろな人がいるし、女性も同じようにいろいろな人がいます。その中で、LGBTは人口全体の5~8%の存在です。だから、男女という大くくりではなく、「個」に焦点を当てた活動が求められるようになります。男女平等の本来の英語は、「ジェンダー・イコーリティ」です。そこにはLGBTも含まれます。言葉本来の意味で用いてほしいと思います。
LGBTの当事者は、ハラスメントに関してとても敏感です。LGBTの当事者が嫌な思いをせず働ける職場は、誰にとっても働きやすい職場だと思います。仕事の能力と性的指向・性自認は関係ありません。自分らしくいられる方が仕事の成果が上がるはずです。
労働組合への期待
野田
労働組合にどのようなことを期待しますか。
村木
法律で決められた仕組みを企業が変えることは困難です。そのため、企業の枠を超えた労働組合が法制度の変更に積極的に関与してほしいと思います。労働災害保険の遺族補償や健康保険の被扶養配偶者などの制度の変更は、一つの企業で変えることが難しいからです。私たちは、同性婚と、差別禁止法の制定を求めています。こうした法制定の動きも連携して取り組んでほしいと思います。
例えば、仕組みの問題としては、住民票や戸籍の問題があります。戸籍を変えていないトランスジェンダーの人が、会社の保険証に本名を書かれて、他人に見せたくないとか、病院に行きたくないという事例もあります。
戸籍の性別変更を行うのはとても大変です。戸籍の変更が認められるようになって10年以上が経ちますが、実際に性別を変更した人は6000人ほどしかいません。でも、トランスジェンダーの人は数百万人はいます。
戸籍の性別を変更するためには、精巣や卵巣を取って生殖能力をなくさなければなりません。
こんな話もあります。戸籍の性別が女性で性の自己意識が男性(トランスジェンダー男性)のAさんと、パートナーのBさん(女性)が、Bさんの実家に挨拶しにいったときのことです。Aさんは、Aさんのことをすっかり男性だと思っているBさんのご両親から「けじめをつけろ」と言われました。けじめとは、結婚のこと。戸籍上同性同士で結婚できないので、2人が結婚するには、Aさんが卵巣を摘出したりして戸籍を変えなくてはいけません。どう思いますか。おかしいと思いませんか。これはハンセン病と同じで大きな人権問題だと思っています。卵巣を摘出するとホルモンバランスが崩れ、更年期がいきなり始まる人がいますし、体への影響は大きいです。こういういびつな状況を変えたいと思っています。
職場の話に戻ると、労働組合として相談に応じられる体制を整えること。中・長期的なサポート計画、労働組合内部のダイバーシティ推進などをお願いしたいですね。
触れ合う機会を増やす
野田
こうした課題は、トップマネジメントがやはり必要だと感じます。私を含めて、各組織のリーダー層がきちんと認識して結果を出さないといけませんね。
村木
知識だけではなく、当事者と触れ合う機会を増やさないと、自然体で接するのは難しいかもしれません。先進的な企業では、当事者との接触機会を増やすために、LGBTのイベントに協賛して、ブースを出展したり、社員を参加させたりしています。当事者が身近にいると差別的言動は少なくなりますからね。
野田
カミングアウトの壁はやはり高いものがあるでしょう?
村木
壁は非常に高いです。職場でカミングアウトしている当事者はごくわずかです。そこがダイバーシティマネジメントの難しさにもなっていて、企業としては職場に当事者が何人いるか、何を望んでいるかがわからない。こうした場合は、アンケート調査をすれば良いのではないでしょうか。もちろん匿名で本人が特定されない仕組みが前提です。当事者かどうかを必ずしも聞く必要はありません。職場に差別的な言動があるかとか、当事者も安心して答えられるような調査を継続していけば、カミングアウトしてもいいかなと考える当事者も出てくるかもしれません。
LGBT当事者の割合は5~8%程度ですから、職場の中で孤立していることが多いです。そこで、当事者と支援者のグループを社内に作って、意見を会社に上げてもらうといった取り組みも進んでいます。一人ではなく、グループとして意見をまとめることから声を届けやすくなります。これは女性の活躍推進と同じようなスキームです。ですから、LGBT以外のイシューに取り組んでいる会社は、この取り組みに関しても飲み込みが早いです。企業横断的な支援グループをつくって、企業に提言する活動も進んでいます。
「アライ」の見える化を
野田
「アライ (「ally」。LGBTの理解者、支援者のこと。「同盟」(alliance)が由来)」を増やしていくということですね。
村木
そうです。先進的な企業で進んでいるのは、「アライ」を増やす施策です。例えば、研修を受けた社員にシールなどの「アライ」グッズを渡して、「アライ」の「見える化」を行う。私も企業の「アライ」シールをたくさん持っていますが、これをパソコンに貼ったりしています。これをきっかけに会話が弾むこともあります。
野田
私たちもぜひ「アライ」グッズを作りたいですね。やはり虹がシンボルですね。6色が世界標準ですか?
村木
6色の虹が世界のスタンダードになっています。
皆さんにぜひ観ていただきたい映画があります。『パレードへようこそ』という炭鉱労働者とLGBT当事者たちの連帯を描いた映画です。実話に基づく物語で、最初はゲイやレズビアンを敬遠していた炭鉱労働者たちが徐々に心を開いて、互いが連帯し、助け合うようになるストーリーです。労働組合の皆さんでぜひ上映会をやってほしいです。
野田
こうした取り組みを通じて、人間が人間らしく優しくなれるのでしょうね。労働組合としては、まず相談されるようになることから始めないといけないと感じます。
村木
当事者はたくさんの不安を抱えています。労働組合の取り組みがまず「見える」ようにしてほしいですね。まずは声を拾うことから。LGBTのイベントにぜひ遊びに行きましょう。
また、これからは年金や介護などの問題も出てきます。社会保障制度の見直しなどでも連帯できればと考えています。
LGBT当事者は、仕事がやりにくかったり、うつ病になったり、貧困に陥ったり、さまざまな困難を抱えている人も少なくありません。当事者たちが嫌な思いをせずに働ける職場づくりをぜひ一緒にやっていきたいと思っています。これはやって損をする話ではありません。みんなが気持ちよく働ける職場の方がモチベーションも上がるし、生産性も上がります。差別的な言動をなくすことから始めてほしいと思います。
先進的な企業の担当者は「やってみたら心配したほどのことではなかった」とよく言います。ぜひ取り組みを進めてほしいと思います。
野田
とても示唆に富む提言をいただきました。また、私たちの課題も見えてきました。ぜひ改めて講演などにも来てください。信頼される労働組合になるために、私たちも取り組みを進めていきます。ありがとうございました。