核兵器を違法とする初の条約
日本は核抑止力乗り越える議論を
被爆者の苦痛を心に留める
核兵器禁止条約は、核兵器を包括的に禁止する初めての国際条約です。米露英仏中5カ国の核保有を、軍縮義務と引き換えに一応認めているNPT(核不拡散条約)とは違い、すべての締約国に核兵器を禁止するものです。
条約は、24パラグラフからなる前文と、20条の条文から成り立っています。
前文では、核兵器の非人道性についての認識を明らかにした上で、核兵器の使用が国際法とりわけ国際人道法に反していることを明記しています。「ヒバクシャ」や核実験被害者の苦痛に留意するという文言も記されています。そして核軍縮の停滞と核兵器に依存した軍事政策への憂慮が述べられ、核兵器をなくすには禁止するのが有用だとしています。
前文はまた、NPTが核軍縮・不拡散体制の礎石だと述べるほか、CTBT(包括的核実験禁止条約)の重要性などにも言及し、禁止条約とこれら既存の核軍縮条約が連続することを示唆しています。
条文の概要
条文の第1条は、核兵器の包括的な禁止をうたっています。具体的な禁止対象は、核兵器の開発、実験、生産、製造、取得、保有、貯蔵、移譲・受領、使用と使用するとの威嚇、これらの禁止事項を行うことの援助・奨励・勧誘、また自国内に核兵器の配置・設置・配備を許可すること─です。
第2~4条はいわば、締約国が禁止事項を守って核兵器を持っていない・持たないことを担保する規定です。
第2条は、核兵器を持っているかなどを条約締結の際に申告すべきことを定めています。第3条では、各締約国が有する核物質を軍事転用しないようIAEAの保障措置を受けることが規定されています。第4条は、条約交渉で最も議論された条文で、核兵器保有国や自国内に他国の核兵器を置いている国が条約にどうやって参加するかを定めています。
方法の一つは、持っている核兵器を廃棄してから条約に参加し、廃棄したかどうか検証を受ける方法です。もう一つは、核兵器を持ったままでも、期限を区切った具体的な廃棄計画を伴えば締約できる(その後は計画通り廃棄して検証を受ける)という道筋もつくられました。
さらに核兵器の使用や実験の影響を受けた被害者の援助と、汚染された地域の環境回復の責任が、被害国(第6条)や核兵器を使用・実験した国(第7条)にあるとしました。ほかに、第8条で条約の実施状況などを定期的に話し合う締約国会合について規定しています。非締約国やNGOをオブザーバーとして招待するのが特徴です。条約は9月20日に署名が開始され(13条)、50カ国が批准すれば90日後に発効します(15条)。
条約の意義
核兵器は、化学兵器、生物兵器と並ぶ大量破壊兵器ですが、これまで国際法で唯一禁止されてきませんでした。核兵器禁止条約は、これを違法とするもので、その意義は「核兵器は悪である」という規範を打ち立てたことです。
たしかに、この条約の締約国とならない国が、条約の規定に直接縛られることはありません。ただ、国際法には慣習国際法の考え方があって、多くの国が条約に参加するなどすれば、その条約の内容は慣習法となって締約国以外も縛るとされています。加えて、禁止条約の存在が今後、事実上、核保有国への圧力となって核軍縮を促すことも期待されます。
被爆者や市民運動の功績
この条約は被爆者やNGOなど市民運動の熱意がつくったといっても過言ではありません。
条約制定は主に主導6カ国と呼ばれるオーストリア、ブラジル、アイルランド、メキシコ、ナイジェリア、南アフリカがけん引してきました。こうした国を中心とする条約制定への動きの背景の一つとして、2009年のオバマ米大統領による「核なき世界」演説があります。その影響もあり、2010年のNPT再検討会議では、核兵器の非人道性への憂慮と、法的禁止の交渉の提案が合意文書に盛り込まれました。その後、2013年から14年にかけノルウェー、メキシコ、オーストリア各国政府の主催で核兵器の人道上の影響に関する国際会議が開かれる中で被爆者やNGOも積極的に発言し、法的禁止の機運が高まってきました。
そして、2015年のNPT再検討会議で法的禁止が議論され、翌16年には核軍縮の法的措置を話し合う国連公開作業部会が開かれ、禁止条約交渉の2017年開始を求める勧告を採択しました。この勧告を下敷きにして昨年国連総会で条約交渉開始が決議され、そして今年の交渉会議に至ったわけです。
16年の作業部会や今年の条約交渉会議には、被爆者やNGOが積極的にかかわりました。これらの会議では市民社会に政府と同等に近い立場で議論への参加が認められていたのが特徴的です。各国の政府代表から、「市民社会の貢献に感謝する」という言葉が何度も聞かれました。それほど、市民社会の熱意が条約実現に大きく貢献したのだと言えます。
核兵器保有国へのアプローチ
核兵器保有国のうち少なくとも米英仏露は、今のところ条約にはっきりと背を向けています。特に米英仏は、条約採択の日に共同声明を出し、今後も一切署名するつもりがないという強い言葉で条約を批判しました。ロシアも国連総会やNPTなどでの発言を見る限り、条約に反対しています。
ただ、少し違った反応を示してきたのが中国です。中国は条約交渉を始める国連決議に反対ではなく棄権をし、交渉会議への参加も模索していました。保有国の対応も一枚岩ではないということです。保有国の態度を変えさせる一つのアプローチとして、保有国の国内世論を高めることが大切だと思います。
日本に求められる役割
日本政府は交渉開始の国連決議に反対し、交渉会議にも初日の会合に出て不参加を表明し、結局その後は参加しませんでした。政府は核兵器保有国と非保有国の橋渡しをすると言ってきましたが、保有国、特にアメリカの代弁ばかりしています。橋渡しをするなら、保有国を説得して禁止条約に引き込む努力をすべきだと思います。
日本政府の姿勢の大前提には、安全保障には核抑止力が必要だという考えがあります。しかし、核兵器の非人道性の認識と核抑止力の考え方は、相いれません。核抑止力依存政策は、いざとなったら非人道的な核兵器を用いることも仕方ないという考えに基づくからです。被爆者の「二度と被爆者を出さないで」という声を受け止めるなら、そうした政策は取り得ないのではないでしょうか。
その意味では、日本の世論も核抑止の考え方から脱却していく必要があります。考えてほしいのは、核抑止に頼った安全保障政策の合理性についてです。核攻撃を恐れない「確信犯的な」国や集団に抑止力は効きません。また、核兵器が存在する限り、一つ間違えれば大惨事を招きます。それが本当に安全につながっているでしょうか。
日米安保条約があっても禁止条約の締約国となれるはずです。安保条約の条文自体に「核」は出てきません。アメリカと軍事同盟を結んでいるフィリピンやニュージーランドも交渉に参加し採択に賛成しました。核の傘に頼らない安全保障の形である非核兵器地帯は南半球を中心に世界中に広がっています。核兵器に頼らない安全保障は可能です。そのことを考えてほしいと思います。
(7月26日インタビュー)