特集2017.11

「非雇用」のいまとこれから「非雇用型」を促進する安倍政権
政策決定の背景を読み解く

2017/11/14
安倍政権は「雇用によらない働き方」の促進を政策的に積極的に推進している。その背景にあるのはどのような考え方なのか。識者に聞いた。
上西 充子 法政大学教授

非雇用型就業を促進する政府

安倍政権は2015年12月に「雇用政策研究会報告書─人口減少下での安定成長を目指して」をまとめています。人口減少下でも安定的に経済を成長させるためには、長時間労働が困難な女性や高齢者の労働参加を促し、その人たちも含めて労働生産性を高めよう、という内容です。昨年9月公表の「平成28年版 労働経済の分析」も「誰もが活躍できる社会の実現と労働生産性の向上に向けた課題」をテーマとしており、同様の方向性が示されています。

安倍政権下の労働政策はこのように、多様な事情を抱えている人にも労働参加を促すことと、労働生産性を高めることを二本柱にしています。長時間労働の是正は、この目的を達成するための手段に過ぎません。つまり、男性正社員が長時間労働のままだと、家庭責任を負う女性は同じようには働けないため、男性正社員の長時間労働を是正して、女性も働けるようにしようということです。そのため、長時間労働を一律に規制しようという考え方は取りません。「高度プロフェッショナル制度」のように、存分に働ける人には労働時間の上限なく働いてもらうコースも用意しています。

さらに労働基準法の規制を緩めようという流れも見えてきます。例えば昨年6月の「働き方の未来2035報告書」では、「民法(民事ルール)の基本的枠組みによる対処だけでは、何が不十分でどのような手当てが必要かという根本に立ち返った検討も必要」というドラスティックな考え方も示されています。また、今年3月にまとめられた「働き方改革実行計画」では、「柔軟な働き方がしやすい環境整備」として、非雇用型テレワークのガイドライン刷新や副業・兼業の推進などが盛り込まれました。経済産業省では「雇用関係によらない働き方研究会報告書」が今年3月にまとめられ、厚生労働省でも10月から「柔軟な働き方に関する検討会」がスタートしています。

このように見てみると、当面は労働時間の上限規制や「同一労働同一賃金」の関連法案を策定しながらも、その一方では、副業や兼業、非雇用型の働き方といった積み残した課題を着々と進めていることがわかります。労働者の保護よりも非雇用型を含めた多様な就業形態の促進が狙いです。

日本型雇用システムの見直しイメージ
出所:経済産業省「雇用関係によらない働き方」に関する研究会 報告

なぜ非雇用型なのか

「働き方の未来2035報告書」は、個人事業主と雇用労働者との境が将来的にますますあいまいになっていくと指摘しました。これは、1995年に日経連が発表した『新時代の「日本的経営」』と同じくらいのインパクトがあると考えています。

なぜ、個人事業主のような非雇用型の働き方を増やすことが強調されるのでしょうか。経済産業省の「雇用関係によらない働き方研究会報告」は、働き方の選択肢を増やすとした上で、「働き方改革」の課題として、「終身雇用や年功序列を前提とした『日本型雇用システム』一本やりによる弊害」を挙げています。非雇用型就業は、このような「硬直的な雇用関係」「日本型雇用システム」を見直す契機として位置付けられているのです。

しかし、そのような政策が求められているとは必ずしも言えません。なぜなら、企業は非雇用型の労働力の利用にためらっている側面があるからです。「雇用関係によらない働き方研究会報告書」によれば、フリーランス人材については「今後の活用も検討していない」と回答した企業が半数近くに上りました。にもかかわらず、報告書は「まずはこの状況を打破する必要がある」と、非雇用型就業を促進する姿勢を強調しました。なぜ打破する必要があるのか、説明不足だと言わざるを得ません。

この報告書ではクラウドソーシング事業者に代表されるプラットフォーマーが「雇用関係のない働き手」と「企業」のマッチングに役割を果たすことができるとされています。しかしながら、企業にとって、プラットフォーマーを活用した外部人材への業務委託は、信頼や品質、人材育成といった観点でリスクがあるでしょう。人材育成の面から見ると外部委託は、新入社員に基礎的な仕事を任せて段階的に職業能力を身に付けさせる機会を損なう可能性があります。

働く人にとっては、非雇用型の働き方では労働基準法などの労働法の適用を受けられません。多様な事情を抱えた人にとっても、テレワークを活用したり、時間や勤務地を限定したりして、雇用されながら働く方法はいくらでも考えられます。その方が生活は安定するはずなのに、政府が非雇用型就業をあえて促進しようとするのは、企業の目線にも、働く人の目線にも立ったものではなく、政策的な方向性だと言えるでしょう。

プラットフォーム事業者の発言力

では、これは一体誰のために進められている政策なのでしょうか。私は、政策決定の場におけるプラットフォーム事業者の発言力が高まっていることに注目しています。非雇用型就業を促進することがプラットフォーム事業者のビジネスの拡大につながっていることに注意が必要です。

ライドシェアビジネスの代表格である「Uber」が海外でタクシー事業者を廃業に追い込んでいったように、仕組みが拡大した後にそれを撤回するのは困難です。労働側が政策決定の場で意見を反映させることはとても重要です。フリーランスが増えれば、雇用され、労働法が適用されていることが「既得権益」とみなされるようにかもしれません。労働組合はそうした先行きに危機感を持って、対応を強化してほしいと思います。

働く人にとっての柔軟な働き方とは

働く側にも、柔軟に働きたいというニーズは確かにあります。例えば、子どもが寝ている間に仕事ができるといえば、聞こえは良いかもしれません。しかし、いつでも働けるということは、企業からすればいつでも働いてもらえるのと同じことです。「いつでも」という意向は、企業と労働者の間で往々にしてバッティングします。企業にとって都合の良い時に働けないと、その後の仕事がもらえなくなる事態は、容易に想像できます。

企業と労働者の交渉力は対等ではありません。「いつでも」という意味が企業にとって都合の良いものになり、労働者が思い描いていた働き方とは違う形になってしまう危険性は高いでしょう。

インターネットなどの技術の発展が、非雇用型のテレワークや副業の促進に結び付けられていますが、技術の発展と労働政策は分けて考えるべきです。技術が発展したからといって、労働法の保護がなくてもよいというわけではありません。放っておけば労働法の及ぶ範囲はどんどん切り崩されていきます。労働組合は傍観すべきでありません。政策決定の場では、非雇用を促進するのではなく、どうしたら非雇用型で働く人たちを保護できるのかを議論すべきです。

「プラットフォーマー」のイメージ〈雇用関係によらない働き方〉
出所:経済産業省「雇用関係によらない働き方」に関する研究会 報告
特集 2017.11「非雇用」のいまとこれから
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