トピックス2018.07

現場の労使はどう対応すべきか「同一労働同一賃金」最高裁判決を読み解く

2018/07/13
最高裁は6月1日、「ハマキョウレックス事件」「長澤運輸事件」に対する判決を言い渡し、労働契約法20条に関する初めての判断を示した。判決をどのように読み解くべきか。現場の労使が対応すべきポイントとは?
水町 勇一郎 東京大学教授

「ハマキョウレックス事件」「長澤運輸事件」の概要

最高裁が6月1日に正規・非正規の格差問題について初めて判断を示した。その実務への影響は大きい。「働き方改革関連法案」の「同一労働同一賃金」にかかわる部分は、大企業は2020年4月から、中小企業は2021年4月から施行される。しかし、今回の判決は、現行法でも正規・非正規の労働条件の格差が違法とされ、損害賠償を請求される可能性を示した。労使には早急な対応が求められる。

事件の概要を見ていこう。「ハマキョウレックス事件」「長澤運輸事件」は、どちらの事件もトラックの運転手が原告となっている。両事件とも、正社員と契約社員のトラック運転手の職務内容は同じだ。

両事件で異なるのは、「ハマキョウレックス事件」の原告は現役世代の有期契約社員であるのに対し、「長澤運輸事件」は定年後再雇用の有期契約社員であることだ。

「ハマキョウレックス事件」では、正社員に支払われていた(1)無事故手当(2)作業手当(3)給食手当(4)住宅手当(5)皆勤手当(6)通勤手当─が、契約社員には支給されていなかった。他にも基本給や賞与などに正社員との格差があったが原告は手当のみを争点にした。ハマキョウレックスでは、職務内容は同じだったが、「職務内容・配置の変更の範囲」には違いがあったことが特徴だ。

「長澤運輸事件」は、60歳以降の定年後再雇用の労働条件が争点となった。原告の労働者3人は定年後再雇用になった後、能率給などの調整を経た上で、基本給ベースで約1割前後、賞与を含む年収ベースで21%程度、収入が下がった。

「長澤運輸事件」の場合も、職務内容は定年前と同じだ。さらに配転の可能性についても、定年前と同一だった。なお、この事件では、基本給や賞与も含めて争われた。

判決の中身を見ていこう。

最高裁は「ハマキョウレックス事件」で、本件事案に関する解釈だけではなく、労働契約法20条の一般的な判断枠組みに関しても丁寧に示した。具体的には、先述した六つの手当について個別に検討し、それぞれについて判断を下した。最高裁は、六つの手当のうち、住宅手当を除く五つの手当を支払わないのは不合理だとした。

「長澤運輸事件」では、最高裁は精勤手当の不支給は不合理であるとし、超勤手当の算定基礎に精勤手当が含まれていることから、超勤手当の算定のやり直しを高裁に差し戻した。その他の基本給や賞与、諸手当に関しては不合理ではないとした。

判決内容の考察

判決内容を考察していこう。

両判決は、正規・非正規の格差に関する初めての最高裁判決であり、重要な意味を持つ。

第1点は、労働契約法20条の不合理な労働条件の禁止に関する解釈枠組みが示されたこと。

第2点は、最高裁が個別の手当てごとに、その趣旨・性質を検討し、不合理性の判断を行ったこと。これは極めて重要な点だ。

この中で隠れたポイントは、最高裁が「有為人材確保論」を採用しなかったこと。「有為人材確保論」とは、正社員を厚遇することで有能な人材の獲得定着を図るという考え方だ。これまで、その人事施策を合理的とする裁判例が多かったが、最高裁は今回それを採用していない。

第3点は「長澤運輸事件」に関して、定年後再雇用であることが不合理性の判断において考慮要素の一つになると最高裁が明らかにしたこと。ただし、定年後再雇用という位置付けと関連しない待遇については、同一に支払うべきとされた。

第4点は、両判決が「働き方改革関連法案」に盛り込まれている「同一労働同一賃金」の実現に影響を与えるということ。「働き方改革関連法案」が成立すると労働契約法20条は削除され、「パートタイム労働法」の名称が変更する「パート・有期契約労働法」に盛り込まれる。その際、政府が作成した「同一労働同一賃金ガイドライン案」が正式な指針となる。今回の判決は、これを多くの点で先取りしている。

労契法20条の解釈枠組み

両判決における労働契約法20条の解釈枠組みのポイントについて見ていこう。

最高裁は、労働契約法20条は職務内容が異なる場合であっても両者の労働条件の均衡を求める規定であることを示した。

学説では、「不合理」の持つ意味について見解が分かれてきた。「不合理な労働条件の相違の禁止」は均衡処遇を求めるものであるとする「均衡説」と、給付の性質によって均等処遇を求めるものと均衡処遇を求めるものの双方を含んだ規定であるとする「均等・均衡説」があった。最高裁は、一方で、労働契約法20条は「職務内容の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定である」との解釈を示し、他方で、給付の趣旨・性質が同様に及ぶ場合には同一の待遇(均等待遇)を求めることとした。これは、前提条件が同じ場合には均等な処遇、前提条件が違う場合には違いに応じた均衡のとれた処遇を求めるという「均等・均衡説」をとることを明らかにしたものである。

また、最高裁は、不合理性を判断する際に、労働条件全体ではなく、個別の労働条件ごとに判断する枠組みを示した。労働条件の相違の不合理性を判断する際には個々の労働条件ごとにその趣旨・性質に基づいて考慮すべきとした。これらの解釈は、「同一労働同一賃金ガイドライン案」と同じである。

賃金項目ごとの判断

これらを踏まえた上で、事案ごとの個別判断を見ていこう。

「ハマキョウレックス事件」について最高裁は、住宅手当を除く五つの手当について、その趣旨・性質に基づいて検討した上で、前提条件が同じなので、同じよう支払うように命じた。

他方で、最高裁は、正社員と契約社員で配転義務に違いがあることに着目して契約社員への住宅手当の不支給を不合理ではないとした。

ただし、ここで注意すべきなのは、最高裁が「有為人材確保論」を採用しなかったことだ。将来活躍する人材を確保するためという、抽象的・主観的理由だけでは労働条件に格差を設けてよい理由にはならないことが、少なくとも今回の判決では示された。なお、住宅手当については、転勤義務のない正社員に支給していた事件で契約社員にも支給することを求める裁判例が出てきている。

「長澤運輸事件」に関しては、定年後再雇用であることが、「その他の事情」として考慮され得ることが示された。その上で、精勤手当についてはその趣旨・性質を考慮すると定年後再雇用と関連しないとして支払いを命じたものの、その他の基本給、賞与・手当については、基本給相当額に関しては1割前後、年収ベースで2割程度の減少にとどまっていることや、労使交渉の経過や賃金制度における配慮などを考慮すると不合理とは言えないという判断を示した。

ただし、格差がより大きい事案や労使交渉がなされていない事案では、今回と同様に不合理ではないと判断されるとは限らない。

労使がすべきこと

まず労使は、それぞれの給付がどのような趣旨・性質に基づいて支給されているかを早急にチェックする必要がある。その上で、前提条件が同じならば同一の支給を、前提条件が異なる場合でも違いに応じた支給をすることが求められる。特に、両判決で示された手当は確認が急務だ。

賞与について最高裁は、趣旨・性質に基づいた判断を示さなかった。定年後再雇用の事案である「長澤運輸事件」判決が賞与の一般的な判断にどう影響するかは慎重な考慮が必要だ。「同一労働同一賃金ガイドライン案」では、賞与について明確な考え方を示している。賞与が賃金後払い、功労報償といった「会社業績等への貢献」という性質を持つ場合には、その性質に沿った対応をとることを求めるという考え方だ。この考え方によれば、有期・短時間労働者にも、会社業績への貢献度に応じて、正社員と同じ月数、または、貢献度の違いに応じた月数の賞与を支給することが求められる。「働き方改革関連法案」の成立や、「同一労働同一賃金ガイドライン案」の指針化を注視しながら、大企業では2020年夏の賞与に向けて、制度を整えていく必要がある。

労使交渉は大切な考慮要素の一つになる。労働組合は、定年後再雇用者や有期・短時間・派遣労働者等を組織化し、正規・非正規労働者間の待遇格差是正に向けた責任ある対応を進めていってほしい。

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