トピックス2018.10

「働き方改革」には睡眠リテラシーの向上が欠かせない

2018/10/16
IT技術の進展などで働き方が変化している。よりよく働くためには、企業にも、働く人にも睡眠リテラシーを高めることが求められる。その理由とは?
佐々木 司 公益財団法人 大原記念労働科学研究所
上席主任研究員

人はなぜ眠るのか

企業では最近、社員がどうすれば能力を十分に発揮できるかが問題になっています。企業は社員のパフォーマンスを向上させるため、さまざまな施策を講じていますが、その中で「睡眠負債」という考え方に注目が集まっています。

世間では一般的に、6時間の睡眠を取れば仕事のパフォーマンスは低下しないと考える人が多いかもしれませんが、研究ではそうではないことが明らかになっています。

ワシントン州立大学のハンス・ヴァン・ドンゲン教授は2003年、14日間6時間睡眠を続けると2日間徹夜した状態と同じパフォーマンス状態になるという実験結果を発表しました(図1)。この実験の興味深い点は、6時間睡眠を続けている人は、自分のパフォーマンスが落ちていることに気付かないことです。6時間睡眠が続くと本人が知らぬ間に「睡眠負債」が生じ、パフォーマンスが落ちてしまうのです。

図1 睡眠負債とは何か?
睡眠6時間を14日間続けるとパフォーマンスは2日の徹夜と同じ状態になる。しかし主観的には、パフォーマンスが落ちたと感じない。(Van Dongen, 2003)

睡眠のことをもっと知る

ICTの発展で、「いつでも・どこでも」働ける環境が広がっています。それに合わせて、企業も、働く人も、休息のあり方も見直す必要があります。具体的には、睡眠のリテラシーを高めることが、能力発揮や健康維持のために重要になっています。

では、睡眠とはそもそもなぜ人間に必要な行動なのでしょうか。脳とは熱に弱い臓器であり、脳は、覚醒し続けるとオーバーヒートしてしまいます。睡眠とはそれを防ぐためにあります。

人間は、夜になると体の深部温が下がります。夜になると自然と眠たくなるのはそのためです。人間には脳を守るために二重にも三重にも眠くなるような仕組みが備わっている、ということです。

勤務間インターバルの効用

「働き方改革」で勤務間インターバル制度に注目が集まっています。この制度の目的は、勤務と勤務の間に休息時間や睡眠時間を確保することです。11時間未満の勤務間インターバルは、「クイック・リターンズ」と呼ばれます。この「クイック・リターンズ」が増えると、耐えられない眠気が生じたり、不眠や過労、「交代勤務症候群」になったりします。

1日の最適な睡眠時間は7.5時間です。この睡眠時間だと、他の睡眠時間と比較して死亡率やうつ症状になる頻度が低いという研究結果があります。7〜8時間という適切な睡眠時間を確保するためには、16時間の勤務間インターバルが必要とされています。勤務間インターバルが長くなるほど睡眠時間が長くなり、前日の疲労が回復するという研究結果もあります。

ただ、この制度にも問題があります。インターバルを取る時間が必ず夜になるとは限らないことです。例えば、11時間のインターバルを確保しても、長時間労働が続けば、インターバルに該当する時間が昼間になってしまうことがあります。これでは夜に睡眠を取ることができません。

人間の体温は夜間に下がるようになっています。また、ストレス解消に重要な役割を果たすレム睡眠は、夜間と朝方にしか出現しません。疲労を解消するには夜に眠ることが大切だということです。勤務間インターバル制度を導入するとしても、夜間に睡眠を取れる仕組みにすることが大切です。

疲労と睡眠とストレス

次に、疲労と睡眠とストレスの関係を見ていきましょう。よく、疲労は蓄積するものと言われます。しかし学術の世界では、疲労は蓄積ではなく、進展すると言います。なぜなら疲労はどこに蓄積するかまだわかっていないからです。疲労は過労に進展し、過労は疲弊に、疲弊が疾病に進展します。

この疲労の進展に影響を及ぼしているのがストレスです。そのため疲労を進展させないためにはストレスを解消する必要があります。

ストレスを解消するのにも、やはり睡眠が大きな役割を果たします。睡眠の段階には、深い眠りである「徐波睡眠(ノンレム睡眠)」と、浅い睡眠である「レム睡眠」があります。徐波睡眠は疲労回復に役立ち、レム睡眠はストレス解消に役立ちます。ストレスを解消するためにはレム睡眠を取ることが大切です。

レム睡眠は、眠りについて約90分後から覚醒するまで断続的に出現します。ところが、長時間残業などをして睡眠時間が短くなると徐波睡眠の出現率が高くなり、レム睡眠が少なくなります(図2)。そのため、肉体的な疲労は回復するかもしれませんが、ストレス解消にはつながりません。先ほど、レム睡眠は朝方に出現すると言いました。レム睡眠をしっかり取るためには、睡眠は夜間に、まとまった時間取ることが大切です。

一方、睡眠時間が短くなり、徐波睡眠の出現率が高まると、レム睡眠時の心拍数が高くなり、心筋梗塞や脳梗塞のリスクが高まるという研究結果があります。5時間以下の睡眠はそのリスクが高くなります。

図2 長時間残業はレム睡眠を奪う!
(Brunner,1993)

人間にはリズムがある

レム睡眠が出現するタイミングにリズムがあるように、睡眠についてのリテラシーを高めるためには、睡眠のリズムを知ることが重要です。人間は時間的存在──例えば、たくさん働いて、たくさん休むのような存在──ではなく、時刻的存在──働く時間と休む時間が決まっているという存在──です。

睡眠には三つのリズムがあります。「90分」「12時間」「24時間」のリズムです。「24時間」の周期は、午前2時から午前4時にかけて眠くなるという周期。「12時間」の周期は、昼過ぎの午後2時から4時に眠気を感じるという周期。「90分」は、90分間の間隔で眠気が生じるという周期です。

夜間の睡眠にはリズムを整える機能があります。そのリズムを乱さないために大切なのが、「アンカースリープ」です。アンカーとは船の「いかり」です。船がいかりを下ろして停泊するように、夜のうちにわずかでも眠ることでリズムの乱れを最小限にします。具体的には、午前0時から4時の間に最低2時間の仮眠を挟むことが大切です。

また、1週間のリズムもあります。1日の睡眠時間が5時間でも連続2日間なら体の反応速度はそれほど落ちないという研究結果があります。この研究結果を踏まえると、1週間の睡眠時間は、月曜日の夜から金曜日まで5日連続で5時間睡眠を取って土曜日の夜に9時間眠るより、5時間睡眠は月曜日の夜と火曜日の2日連続にとどめ、水曜日の夜は7時間眠り、木曜日と金曜日は5時間睡眠で土曜日は7時間睡眠とした方がリズム変調を防止できると言えます。その意味では、水曜日の「ノー残業デー」には科学的根拠があると言えます。

サマータイムの一番の問題点は、時刻を一斉にずらすことです。人間には遺伝子的に「朝型」と「夜型」の人がいることがわかっています。サマータイムの導入で一斉に時間を前倒しにすると、「夜型」の人にはつらいということです。睡眠のリズムを乱すことにもなります。

最初にもお伝えしましたが、働き方が変化する中で大切なのは、睡眠のリテラシーを高めることです。睡眠の科学的メカニズムを知れば、疲労の進展や、仕事のパフォーマンスの低下を防ぐことができます。科学的根拠に基づいて、働き方を見直してみてください。

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