ILO総会でハラスメント禁止条約が採択
ハラスメントの根絶へ
日本での批准につなげよう
画期的な条約採択
国際労働機関(ILO)の第108回総会で6月21日、「仕事の世界における暴力とハラスメントの根絶に関する条約」および勧告が、ハラスメントに特化した国際条約として初めて採択された。ハラスメント根絶の機運が世界的に高まる中、画期的な条約採択となった。
総会の議論に参加した連合総合男女・雇用平等局の井上久美枝総合局長は「条約の歴史的意義は大きい。ハラスメントは人権侵害であり、ディーセント・ワークと相いれない。『#MeToo』運動などが世界的に盛り上がる中で、政労使の賛成多数で合意に至った意義は大きい」と強調する。
条約は、「暴力とハラスメント」を「身体的、精神的、性的または経済的危害を引き起こす許容しがたい広範な行為」と定義。条約の適用範囲として「契約上の地位にかかわらず働く人々」も対象とし、第三者も含めた具体的な対策を講じることを求めている。
条約の第1条は「暴力とハラスメント」を表の通り定義している。これに対して井上総合局長は、「日本のセクシュアルハラスメントやパワーハラスメントよりも広い概念であることがポイント。『経済的危害』という言葉には男女間賃金格差も含まれる。ジェンダーに基づく暴力やハラスメントが含まれていることも重要」と指摘する。
日本のパワーハラスメントの定義には「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」といった内容が含まれるが、ILOの条約にはそうした文言はなく、ハラスメントという概念を広く捉えている。
「連合も、セクハラやパワハラのように個別に対策を立てるだけではなく、ハラスメント全般を包括して禁止する法律の必要性を訴えてきた。今は実現していないが、今後も必要性を訴えていきたい」と井上総合局長は話す。
パワハラ防止措置を盛り込んだ「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律案」(女性活躍推進法等改正法案)の附帯決議には「ハラスメントの根絶に向けて、損害賠償請求の根拠となり得るハラスメント行為そのものを禁止する規定の法制化の必要性も含め検討すること」とする項目が盛り込まれた。包括的なハラスメントの禁止は継続的な課題だ。
条約の適用範囲
条約の第2条は条約が適用される範囲を定めている(表)。
井上総合局長は「労働者の範囲を広く捉えていることがポイント。求職者および就職希望者、ボランティア、フリーランスも含まれる。日本より範囲が広い」と指摘。日本では、職場でのパワハラ・セクハラについて、事業主が雇用する労働者の就業環境が害されることがないように防止措置義務を取ることが義務付けられているが、就職活動中の学生のような事業主が雇用していない人は含まれていない。そのため、女性活躍推進法等改正法案の附帯決議では就職活動中の学生やフリーランスなどに対する必要な措置を講じることなどが盛り込まれた。今後、厚生労働省の指針等に反映するための議論が行われる。
条約の第3条は、「仕事の場所」などについて定めている(表)。この中には「(d)情報通信技術によって可能になったものを含む、労働関連のコミュニケーションの間」という項目があり、メールやSNSでのハラスメントも対象になる。
「仕事の世界における暴力とハラスメントの根絶に関する条約」連合仮訳
第1条
1.この条約の適用上、
(a)仕事の世界における「暴力とハラスメント」とは、一回性のものであれ繰り返されるものであれ、身体的、精神的、性的または経済的危害を目的とするか引き起こす、またはそれを引き起こす可能性のある、許容しがたい広範な行為と慣行、またはその脅威をいい、ジェンダーに基づく暴力とハラスメントを含む。
(b)「ジェンダーに基づく暴力とハラスメント」とは、性別またはジェンダーを理由として直接的に個人に対して向けられた、または特定の性またはジェンダーに偏向して影響する暴力およびハラスメントをいい、セクシュアル・ハラスメントを含む。
2.本条第1項(a)および(b)に影響を与えることのない限りで、国内法令における定義は、単一の概念または別々の概念を規定することがある。
第2条
1.この条約は、国内法および慣行で定義された被雇用者、契約上の地位にかかわらず労働する者、実習生および修習生を含む訓練中の者、雇用が終了した労働者、ボランティア、求職者および就職志望者、また雇用者の権限、義務または責任を行使する個人を含む仕事の世界における労働者とその他の者を保護する。
2.この条約は、都市か農村か、民間か公務かにかかわらず、フォーマル経済およびインフォーマル経済の双方におけるあらゆるセクターに適用する。
第3条
この条約は、仕事中に、仕事に関連して、または仕事に起因して発生する、仕事の世界における暴力とハラスメントに適用する。
(a)労働する場としての公共および私的な空間を含む職場。
(b)労働者が賃金の支払いを受ける場所、休憩もしくは食事をとる場所、または労働者が使用する衛生設備、洗面所、更衣室。
(c)仕事に関係した旅行、訓練、イベントまたは社会的活動の期間中。
(d)情報通信技術によって可能になったものを含む、労働関連のコミュニケーションの間
(e)使用者が提供する宿舎。および
(f)通勤時間中
日本が批准するためのポイント
条約の第4条は「基本原則」を定めている。ここには「第三者を含む暴力とハラスメントを考慮に入れるべき」という文言が含まれているが、これは顧客などの第三者の存在が念頭に置かれている。
その上で、第4条では、条約を批准するために「(a)暴力とハラスメントを法的に禁止する」「(e)被害者が救済および支援を受けられるよう確保する」「(f)制裁を設ける」などの項目を上げている。また、第7条には「第1条に影響を与えず、一貫する限りにおいて、各加盟国は、ジェンダーに基づく暴力とハラスメントを含む仕事の世界における暴力とハラスメントを定義し、禁止するための法令を採択する」と定められている。こうした項目が、日本の条約批准のポイントとなる。
井上総合局長は「日本のセクハラ・パワハラ対策は、事業主にハラスメントの防止措置義務を課すもので、ハラスメントそのものを法的に禁止していない。条約批准のためにはハラスメントを法的に禁止しなければ難しい。具体的には条約の第4条と第7条がハードルになる」と説明する。
前記した附帯決議でハラスメント行為そのものを禁止する規定の法制化の検討が盛り込まれたように、条約批准に向けては禁止規定の創設が鍵となる。
また、第4条の「制裁を設ける」という規定については、「何を制裁とするかまではILOで議論されていない」と井上総合局長は説明する。国内の状況に合わせて読み込むことは可能として、連合は、罰則の創設ではなく、損害賠償の根拠となる規定の創設を求めている。
条約批准へ運動強化
今後の動きについて井上総合局長は「条約採択によって加盟国は、1年以内に国会で条約の内容を報告し、その取り扱いを決めることになる。ここからが『第二のハードル』」と話す。一般的には、国会での報告に続き、条約への署名、国内法の整備という流れで条約採択に至る。
1979年に国連で女性差別撤廃条約が採択された際は、翌年に日本政府が条約に署名。その後、国籍法の改正や男女雇用機会均等法の制定などを経て、1985年に条約を批准した。条約採択から批准まで6年かかっている。
ハラスメント禁止条約について、日本政府は条約採択に賛成したが、「批准は次元の異なる話で検討を要する」と慎重な姿勢だ。経団連は条約採択を棄権、国内法におけるハラスメント禁止規定の創設にも反対してきた。早期批准に向けては世論の声の高まりが必要となる。
井上総合局長は「ハラスメントで困っている人たちがたくさんいる。早期批准を求める運動が不可欠」と強調する。具体的には、成立したパワハラ防止措置の省令や指針に関する厚生労働省の審議会に参加する一方、意識改革や職場風土の変革を訴えることにも力を入れていくことにしている。
「世界的には、ハラスメント対策に取り組まない企業が淘汰される流れがある中で、日本での議論は立ち遅れていると感じている。国際的には、ハラスメントが発覚すると投資から外されるなどの社会的な制裁も受ける。日本もその流れから取り残されてはいけない」と井上総合局長は訴える。条約の採択をてこにして、ハラスメント根絶に向けた運動をより一層強めていくときだ。