トピックス2020.01-02

[新年号委員長対談]気候変動にどう向き合うか
日本の立ち位置、労働組合への期待

2020/01/17
近年、地球温暖化を背景にした自然災害が相次いでいる。気候変動問題は人類の差し迫った課題となった。その中で日本はどのような立ち位置にあるのか。労働組合に何ができるのか。気候変動の国際動向などに詳しい平田仁子さんに野田委員長が話を聞いた。
平田 仁子 (NGO気候ネットワーク・国際ディレクター/理事) 野田 三七生 (情報労連中央執行委員長)

人類にとって最後のチャンス

野田労働組合はこの間、環境問題に取り組んできました。ただ「脱炭素社会」の取り組みが十分だったかというと反省すべき点があります。2015年に国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定は、脱炭素社会の実現をめざすものでした。先般(2019年12月)、スペインで開催されたCOP25ではどのような議論があったのでしょうか。

平田今回のCOP25では、パリ協定の詳細なルールが議論されました。パリ協定は、2020年以降の気候変動問題に関する国際的な枠組み。世界の平均気温上昇を産業革命前から2度未満、できれば1.5度までに抑えることをめざしています。ただ、最近では2度で良いという研究者は少なく、1.5度に抑えなければ危険な気候危機は回避できないと考えられています。

COP25が開催されたスペイン・マドリードでは、開催中にも大規模なデモが展開されました。過去1年、大規模なデモは世界各地で起きています。こうした声に各国政府が応えられたかというと、ギャップはかなり大きいと言わざるを得ません。異常気象に伴う自然災害が世界中で頻発する切羽詰まった現実と、各国政府の動きとのギャップ。これではいけないという焦燥感を、COP25の現場にいて私も強く抱きました。

状況はかなり切迫しています。気温上昇を1.5度に抑えないと、2度に抑制する場合と比べて生態系の絶滅リスクは2〜3倍高まり、異常高温、激しい降雨、干ばつなどのリスクも高まります。

しかし、このままではあと10年で気温上昇は1.5度に達すると指摘されています。国連の新しいリポートは、今の4倍のスピードで対策を実施する必要性を訴えています。2030年までにドラスティックな変化をもたらさなければ、「1.5度」という選択肢は奪われてしまいます。この10年は人類にとって「最後のチャンス」と言えるほど重要な意味を持ちます。

アメリカのダイナミズム

野田グテーレス国連事務総長は各国に積極的な行動を促していますが、先進国はその役割を果たせているようには思えません。

平田温室効果ガスの排出量の約8割は、G20諸国が占めています。「主要排出国」がどう動くかが鍵を握っています。

野田アメリカがパリ協定から離脱する影響はどれくらいあるのでしょうか。

平田アメリカは世界で2番目の温室効果ガスの排出国です。影響は当然大きいです。トランプ大統領の就任によってアメリカの気候変動対策は後退したと見られています。

ただ、それとは異なる側面もあります。例えば、トランプ政権下であっても、石炭火力発電所はオバマ政権下と同様のスピードで閉鎖されています。シェールガスの影響もありますが、再生可能エネルギーの低廉化が大きく影響しています。

また、政治的にもアメリカの先進的な州政府や企業、環境団体、そして民主党議員たちは「We Are Still In (我々はパリ協定に残っている)」というイニシアティブを立ち上げ、気候変動問題に熱心に取り組んでいます。COP25でも会場内に大きなブースを設け、州や地方レベルでの取り組みをアピールし、トランプ政権との違いを強調していました。政権交代の可能性もあるので、緊張感もあります。

野田アメリカは一枚岩ではないということですね。それに比べると日本は対立する勢力が弱い。

欧米では金融機関や投資家がCO2排出量の多い企業への投資を取りやめるなどのニュースを耳にしますが。

平田まさにその通りで、アメリカでは市民社会も積極的に行動しています。気候変動問題に積極的に取り組む民間企業や、強力なNGOやシンクタンクもあります。投資撤退(ダイベストメント)は、学生運動から広がりました。アメリカの運動にはダイナミズムがあります。

野田連合でもESG投資の推進を訴えていますが、気候変動問題ではさらなる取り組みが求められそうです。

平田ダイベストメントについては、欧米の金融機関・投資家が日本企業への投資から撤退した例も出てきています。また、日本の金融機関は海外の石炭火力発電への融資を批判されています。

こうした流れは今後も強まっていきます。企業はその変化を強く意識しているかもしれません。

欧米では、教職員組合のような小さな組織の活動から風穴があきました。日本でも期待したいです。

野田グレタ・トゥーンベリさんに象徴されるように若者発の運動が広がっています。将来に対する危機感が高まっている表れだと捉えています。

平田グレタさんの言葉は同世代の若者の間で強い共感を呼んでいます。COP25にもたくさんの若者が駆け付けました。

野田新しい運動がさまざまな場所で始まっていますね。

再生可能エネルギーと日本

野田日本で再生可能エネルギーがなかなか普及しないのはなぜでしょうか。

平田「不安定」「高価格」「発電量不足」が、再生可能エネルギーが普及しない要因としてよく語られます。ただこれは、何十年も前から言われてきたことで、欧米ではすでに柔軟な電源システムへの移行を前提とし、課題を克服しつつあります。不安定だからという理由で立ち止まっていません。

実際、日本が技術力に劣っているとは思えないスペインでも、天気予報に合わせてリアルタイムで需給を調整するシステムがすでに稼働しています。再生可能エネルギーの先進国は、そのメリットを理解しているからこそ、技術開発にチャレンジし、新しい技術や仕組みを生み出しています。

「不安定だから」などの言い分は、立ち止まるための理由に使われているに過ぎないのではないでしょうか。

野田日本の技術力があれば、もっとできるということですね。

平田そうです。現在、日本において再生可能エネルギーが発電量に占める割合は15%程度ですが、柔軟な電力調整のシステムを導入すれば、その比率を30〜40%まで高められると言われています。それ以上の高い割合になると再生可能エネルギーの先進国の多くでもまだ実現できていない領域ですが、ここにこそ日本の技術力を生かす余地があるはずです。

ただ、企業の人とお話しすると迷っている印象を受けます。政府は長期戦略で脱炭素社会を掲げる一方、石炭火力発電も維持する方針を掲げています。政府からの明確なシグナルがないため、企業は再生可能エネルギーへの投資に大胆に踏み切れないのではないでしょうか。

めざす方向が明確に見えれば、企業も覚悟を決めて投資できるようになるはずです。しかし、政府の再生可能エネルギーに対するシグナルは非常に弱い。政府の姿勢は罪深いと思います。

再生可能エネルギーの国際マーケットで、日本企業は中国やヨーロッパの企業に後れを取っています。ハード面で太刀打ちできなくなった今、日本企業が再生可能エネルギー分野で優位性を保てるとすれば、非常に高度なソフト産業ではないかと思っています。政府は、石炭火力発電のインフラ輸出を成長戦略の一つとしていますが、このままでは世界の動きからさらに取り残されてしまいます。

日本は、新しい時代の産業の中で優位性を持てるのか、そこに雇用を生み出せるのかの岐路に立っています。対応が遅れるほど選択肢は狭まります。

脱炭素社会への道筋

野田石炭火力発電を巡っては、東日本大震災後に原子力発電所の稼働が止まり、石炭火力発電所の新設も含めて、仕方がないのではという声もありますが。

平田はい。私たち「気候ネットワーク」では、脱炭素社会実現のためのロードマップを作成しています。この中では、石炭火力発電所の新設も、原子力発電所の稼働もせずに、電力需要をまかなえると具体的な数字とともに提言しています。

日本には今、約100基の石炭火力発電所があり、約15基が新設中です。石炭火力発電所を新設してしまえば、長期間にわたってCO2排出を固定することになり、脱炭素社会に逆行します。

現状、原発が動いていない状態でも電力は足りています。人口減少社会を踏まえれば、電力需要も頭打ちです。今ある設備を可能な限り早く再生可能エネルギーに切り替えていけば、電力需要に対応しながら、脱炭素社会に近づくことは可能です。

当団体も協力したイギリスのシンクタンクによる分析では、2025年には再生可能エネルギーの方が、既存の石炭火力発電より安価になるという結果が出ています。経済合理性の観点からも転換が求められています。

日本の場合、シンクタンクや環境団体による時代を捉えた分析や発信力に課題があります。

労働組合と「公正な移行」

野田エネルギーシフトが議論される中で、「公正な移行」が大きなテーマになっています。労働組合としては雇用問題が欠かせないテーマです。脱炭素社会の実現に向け、どう捉えていますか。

平田「公正な移行」は、国際労働組合総連合(ITUC)と、国際環境団体が強力なタッグを組んで活動を展開しています。

環境団体や市民団体も「公正な移行」は大きな課題だと認識しています。COP25のサイドイベントでも、石油精製所を停止した地域がどのように雇用問題などを克服したかなどの事例が数多く共有されました。地域の人々が雇用問題を含め納得しなければ脱炭素に向かえないという認識は、環境団体の中でも強まっています。産業の枠を超えて、地域の中でどう対話し、どう解決策を見いだせるかが重要なポイントです。労働組合の皆さんとの連携の必要性を感じています。

一人ひとりの行動・意識を変える

野田各国がパリ協定により積極的にコミットすることが大切ですし、私たちもその情報をもっと社会に伝えないといけないと感じます。

気候変動問題は本来、私たち一人ひとりにかかわる問題。私たちが加害者である側面である中で、現状では自然災害を恐れるだけにとどまっている状況が少なからずあります。一人ひとりがこの問題にもっと向き合わないといけない。

平田おっしゃる通りで、頻発する自然災害と気候変動問題を結び付けて考えられていないという現状があります。自然災害による被害はすでに生じていて、多くの人が今後の自然災害に対する不安や恐怖感を抱いています。その一方で、自然災害から自分の身をどう守るのかという受け身の受け止め方が多い。でも、気候変動のこれからについては、私たちが自分たちの力で変えられる課題です。

野田そうなんです。でも、変えられないと思っている人が多い。

平田その意識のズレをどうするのか。非常に悩ましい課題です。

気候変動問題はこれまで「電気をこまめに消しましょう」という伝え方ばかりで、経済や産業社会の構造的な問題であるという伝え方が不足していました。そのため、日本の若者たちの間にも、自分たちには変えられない問題という諦めのような認識が根底に見られます。

しかし、気候変動問題は、地震や津波と異なり、私たちの力で未来を変えることのできる課題です。人々の行動や意識を、未来を変える選択にどうつなげられるか。この先10年の大きなテーマです。

野田気候変動問題を自分ごととして考えられないのは、そういう社会をつくってきた大人たちの責任。それを変えていくのも大人の責任だと感じています。

平田気候変動問題以外の日本社会の問題が、この問題にも反映されているように感じています。

野田平田さんが、気候変動問題は「人類の安全保障」にかかわる問題だと発信されていますが、その通りだと思いました。2018年に気候変動の影響を最も受けた国は日本だったというNGOの調査結果がCOP25の中で報告されました。自然災害は、弱者により大きな影響を及ぼします。人権に関する問題でもあります。

平田パリ協定の前文は、人権や公正、格差是正、職業の安定、人類の発展などのために気候変動問題に取り組む必要があることを強調しています。気候変動問題は、持続可能な開発目標(SDGs)の基盤となるテーマです。

野田今日のお話はとても勉強になりました。私たち労働組合としても、これまでやってきたこと、できていなかったこと、反省点もあります。労働組合として積極的にこの問題にコミットしていくつもりです。ありがとうございました。

2015年、パリで開催された国連気候変動枠組条約締約国会議
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