特集2020.03

労働組合は、だから必要だ!市場経済と労働組合
賃金の持続的な底上げが労働組合の重要な役割

2020/03/13
労働組合は、市場経済を成り立たせるために重要な働きをしている。持続的な賃上げ要求が、好循環の起点となる。
山田 久 株式会社日本総合研究所
調査部 副理事長

経済成長と公正な分配

市場経済は、経済成長を前提としたシステムです。それと同時に、モノをつくったり、サービスを提供したりする側(供給)と、それらを消費する側(需要)が分離したシステムでもあります。供給と需要のバランスが保たれないと市場経済は回りません。このバランスを保つために重要なのが、公正な分配です。つまり、経済成長と公正な分配。この二つがあって市場経済は初めて成り立ちます。

労働組合は、この二つの側面で重要な役割を果たします。経済成長という側面では、日本の労働組合は生産性向上に協力し、企業の競争力強化に貢献してきました。もう一方の公正な分配という側面では、労働組合は生産性の向上で生み出した成果を、春闘などを通じて労働者の処遇の改善につなげてきました。

このように日本の労働組合は、市場経済で重要な役割を発揮してきました。

格差拡大の防止

しかしながら、賃上げ要求が弱く、労働者への分配が不十分だと、消費が伸びず、経済成長が持続しません。

賃上げ要求は、経営者を甘やかさないという側面でも大切です。賃上げのプレッシャーがあるからこそ、経営者はそれを上回る経営をして事業を発展させようとします。適正な賃上げ要求がなければ、企業は長期的に見て、時代の変化に対応できなくなってしまいます。

また、労働組合が弱いと、社会全体の格差が広がりやすくなります。社会全体の底上げは、労働組合の原理です。それが社会全体の格差拡大を防ぐ役割を果たしています。労働組合は、企業・経営者に対する規律の維持と、格差の拡大防止という二つの側面でも、役割を発揮しています。

近年、この機能がうまく働いていないことが目立ってきたのが、アメリカです。アメリカの労働組合は、1980年代以降、組織率が低下し、弱体化。一時は労働市場が柔軟になって経済にプラスに作用したとされました。しかしリーマン・ショック以降は、社会の格差が拡大し、政治的にも不安定になり、社会の分断が進んでいます。短期的には労働組合が機能しなくても、問題ない局面もありますが、長期的には、経営の規律が緩み、企業活動が非効率になったり、格差が拡大し、社会が不安定化したりするというマイナス面が表面化してきます。

日本の労組の強みと弱み

労働組合が弱かった戦前の日本社会も格差の大きい社会でした。公正な分配が行われなかった結果、国内市場が育たず、日本は成長のために国外に植民地をつくり、そこでの市場獲得競争が戦争へとつながりました。

戦後は、世界的に福祉国家が一般的になり、労働者への公正な分配が行われたことで経済が成長しました。しかし、オイルショック後は、成長が鈍化し、景気停滞と物価上昇が同時に起きるスタグフレーションが発生しました。欧米の労働組合が賃上げ要求を続ける中、日本の企業別労働組合は、企業の維持・発展を考慮し、欧米の労組のような高い賃上げ要求をしませんでした。そのことが80年代の日本の経済成長につながりました。

しかし、90年代以降になると、今度は企業への配慮が強くなり過ぎて、賃上げ要求が弱くなってしまいました。それがデフレの要因になりました。

特に、労働組合の非正規雇用への対応が遅れたという側面は否めません。労働組合は、正社員の代表ではなく、非正規雇用労働者を含めた労働者全体の代表者として、経営者と交渉する必要があります。また、雇用を守る際も、企業での雇用保障を基本としながら、産業全体で雇用を守るという発想を取り入れざるを得ないでしょう。

賃上げが好循環の起点

一方、賃金を巡る環境は20年前と大きく変化しています。90年代後半から2000年代までは、アジアの新興国との競争があり、賃上げが難しかったことは否めません。しかし、環境は変わりました。アジアの新興国の賃金水準は上がり、日本企業の体力も回復しました。賃上げの余力がある企業は少なくありません。

人口が減少する中では、賃上げをしないと国内市場が拡大しません。労働組合が春闘のようなシステムを活用しながら、持続的な賃上げを要求しなければ、マクロのバランスが崩れてしまいます。日本経済を発展させるためには、労働組合による適正な賃上げ要求が欠かせません。賃金を上げることで企業は発展します。

マクロ的に見れば、賃金が上がらないということは、もうからない事業でも維持できるということです。そのままでは賃金は上がらないため、消費者は安いものを買い、それが企業の売り上げを減少させ、デフレにつながります。デフレは、財政にも悪影響を及ぼします。

一方、賃金を持続的に上げていけば、付加価値生産性の低い事業が整理され、生産性が向上し、その結果、賃金が増え、消費に回り、経済が成長するという好循環が生まれます。緩やかなインフレになれば、税収も増え、歳出増の必要性が弱まり、財政も健全化に向かいます。賃上げは経済の好循環の起点となります。賃金の持続的な底上げは、労働組合の極めて重要な役割だと言えます。

AIと分配

AIなどの新しい技術に背を向けても労働者の分配は増えません。例えばA国が新しい技術を使わなくても、B国がその技術を導入すれば、結果的にA国の競争力は低下し、その国の労働者の雇用は奪われてしまいます。スウェーデンの労働組合は「私たちが恐れるのは古い技術であって新しい技術ではない」という考えです。労働組合は、新しい技術をどう生かすか、そのために労働者の技能や知識をどう高めるかを考えることが重要です。

労働組合のあり方と社会

過去30年間の流れを見ると、北欧やドイツは、格差の拡大が抑えられており、賃金も上がっています。アメリカは経済のパフォーマンスは悪くありませんが、格差が拡大しています。

こうした経済・社会情勢は、労働組合のあり方が決めています。労働組合が機能しないと格差が拡大し、社会が不安定化します。

労働組合の基本的な考え方は、次の二つのパターンに分かれます。一つ目は、労働組合が生産性の向上に協力し、経済のパイを増やす一方で、公正な分配にも貢献するケース。こうした労働組合がある社会では長期的な経済成長が実現し、格差の拡大も抑制されます。北欧やドイツが当てはまります。

二つ目は、労働組合が企業に対して敵対的で、高過ぎる要求を掲げるケース。この場合、経済の成長率が低く、失業率が高くなる傾向があります。南ヨーロッパが当てはまる傾向にあります。

その意味で日本は、経済成長に貢献する労働組合を持っています。しかし、公正な分配という点では、賃上げ要求が弱いという弱点を抱えています。経済が安定して成長している国は、雇用保障を企業の枠を越えて実施しています。日本の労働組合は、雇用保障について企業の枠を越えた視点を持つこと、非正規雇用労働者への視野を広げること。これらの課題に取り組むことが今後の課題になると考えています。

労働組合の大切さは普段は意識することがないかもしれません。でも、長期的な視点で見ると、その国の社会・経済に大きな影響を及ぼしているのです。

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