労働組合は、だから必要だ!労使コミュニケーションは経営資源
労使の対話がエンゲージメントを引き出す
労使関係部門 副統括研究員
成績を上げていれば問題ない?
企業では、誰もが一人で働いているわけではありません。あなたを取り巻く人間関係や、それを律する組織のルール、企業の目標・方向性などがあり、ほとんどの人がそれに左右されながら働いています。
「成績を上げていれば問題ない」と考える人もいるかもしれません。しかし、自分の力だけで成績を上げることはまずできません。その前提には、企業の方針があり、その人が置かれた環境やサポートしてくれる人や組織の存在があるからです。例えば、売りやすい製品を販売する部署に配属されれば、営業成績は上げやすくなるでしょう。でもそれは、その部署に配属するという企業の方針があったからできたことです。
問題は、こうした企業経営の方向性や制度をはじめとするルールを誰が決めてきたかということです。労働組合はこうしたルール形成に関与してきました。その活動があったから、あなたが今働いている環境ができていると考えてみることが大切だと思います。
労使コミュニケーションの意義
企業と労働組合が対話をする、いわゆる集団的労使コミュニケーションが果たす最も重要な役割は、労使が企業の方向性を共有することです。
企業には理念や社会的責任があり、経営計画や目標があります。それらを達成できるかどうかは、企業の構成員がその理念や目標を共有できるかにかかっています。労働組合は、そこで大きな役割を果たしています。
企業の構成員が、企業経営の方向性を共有すると、構成員一人ひとりの責任意識が高まり、自分の働きが無駄にならないように働こうとする意識が芽生えます。それは企業の健全な発展につながります。これが、労使が情報を共有することの意義です。
ただ、従業員に思いを共有してほしいと思っても簡単には伝わりません。そこで労働組合の出番です。企業は労働組合と協議して、情報や方向性を共有することで、情報を従業員に伝えることができます。労働組合の意義や価値はここにあります。
私がかつて行った調査では、課長や部長といった中間管理職より、組合員の方が経営の実態や方向性を理解しているという結果が得られました。中間管理職は自分の関係する部署のことしか知らないことが少なくありません。一方、組合員は、労働組合が企業と対話した結果を組合機関紙などで知り、企業の考えていることを理解することができます。
経営資源としての労使コミュニケーション
労使コミュニケーションが取れている企業と取れていない企業の違いは、短期的にはわからないことが多いですが、長期的にははっきりしてきます。まず、労使コミュニケーションを重視する企業ほど、業績悪化に伴う経営危機を経験する割合が少なくなります。また、従業員の働く意欲、技能、能率、チームワークといった従業員管理上の問題も相対的に少ない上、企業が施策を進める際に全体的に従業員の協力を多く得ることができます(JILPT資料シリーズ No124『労使コミュニケーションの経営資源性と課題─中小企業の先進事例を中心に─』参照)。労使コミュニケーションそのものが経営資源なのです。
調査では、労使コミュニケーションがまったくなかった会社から、充実している会社に転職してきた労働者にも話を聞きました。以前の会社では、自社の売り上げ状況がまったくわからなかったものの、転職先の会社では決算情報を含めていつでもわかるように開示していました。どちらが健全に発展するかというと後者です。従業員は、情報が開示されるほど組織との一体感を持つことができ、その結果、責任意識が高まり、より価値のある仕事に取り組もうと考えるようになります。
失敗事例
一方で、労使コミュニケーションが失敗した事例も調査しました。共通する最大の失敗は、情報が伝わらないこと。労使の話し合いができていないことです。
A社は、会社の情報を従業員に一切知らせていませんでした。そのため、利益を出しているのか、いい方向に向かっているのかもわからない。ふたを開けたらA社は大赤字で、結果的に倒産してしまいました。
A社の労働組合の委員長は、労働組合が存在意義を発揮できなかった要因を三つ挙げました。一つ目は、組合役員が毎年交代する「単年度組合」で、経営陣からすれば「赤子のような存在」だったこと。二つ目は、組合員とのつながりもなく、上部団体にも加盟せず、閉鎖された組合だったこと。三つ目は、労使コミュニケーションが儀式的なものになってしまったことでした。会社の情報は流れてこず、交渉では経営陣に押し切られるばかりでした。
B社も、会社の情報を従業員に一切伝えない会社でした。B社は、就業規則すら従業員に見せないような会社で、残業代の未払いもありました。B社も結果的に倒産しました。多額のお金が、社長の親族が経営する会社に流れ込んでいました。
労働組合の委員長は、倒産の最大の要因は、労使コミュニケーションの欠如だと強調していました。
働く人たちは自分の企業を少しでも良くしたいという思いを持っています。会社業績が悪くても、会社がきちんと説明し、利益が出たときに還元してくれれば、従業員は納得してくれたかもしれません。でも、B社は従業員と情報を一切共有しようとしませんでした。情報がなければ従業員は、会社との一体感を持てず、責任意識も低下します。それが倒産の要因だったと、B社の組合委員長は訴えていました。
自己表現できる環境づくりを
労働組合は、経営者から見ると、会社の悪い情報をつかんで批判する嫌な存在かもしれません。しかし、その存在があるからこそ、緊張感のある労使関係が生まれ、企業は健全に発展します。労働組合は、経営陣から見て、正しいことを言うと思われるような存在であってほしいと思います。
今年、経団連の「経労委報告」が、従業員の「エンゲージメント」を強調したように、これからの時代、個人が主体性を持ってその力を最大限発揮することが求められます。与えられた仕事をするだけではなく、創造性を発揮して新しい付加価値を生むような仕事が求められています。
そのために重要なのは、働く人たちが企業の中で自分を表現できる環境です。働く人たちが、組織の中で発言し、議論し、行動できる。そうした環境がなければ、働く人たちは主体性を発揮できません。その環境づくりの最大の担い手は労働組合だと思います。
中でも、女性がもっと発言しやすい環境をつくることが大切です。女性の意見を会社に伝えるためにも、女性が労働組合活動に参加しやすい環境を生み出す必要があります。そのためには、育児などで夜の活動に参加できない人のために、就業時間中に組合活動ができるよう、企業と協約を結ぶことなどを検討すべきでしょう。
労働組合は、企業と対等な立場で話し合い、より良い組織を生み出していく存在です。その意義は今も大きいと言えるでしょう。