トピックス2020.11

雇用形態間格差の是正につなげるために──賞与・退職金・手当の行方は?
「同一労働同一賃金」最高裁判決を読み解く

2020/11/13
最高裁は10月中旬、労働契約法20条に関する判決を相次いで出した。正社員と有期契約労働者との労働条件格差を問うこの裁判が下した判決をどう読み解くか。識者に聞いた。
原 昌登 成蹊大学教授

メトロコマース事件

最高裁は10月中旬、正社員と有期契約労働者との労働条件格差に関する五つの判決を出した。

この中で特に注目されているのが、退職金と賞与、扶養手当の扱いだ。今回は、これらの点にしぼって解説したい。

メトロコマース事件では、地下鉄駅構内の売店で販売業務に従事していた有期契約労働者(契約社員B)と、主に販売業務に従事する正社員との労働条件の差が問われた。両者の労働条件にはさまざまな違いがあったが、判決の中で特に注目されたのは退職金の扱いだ。

このケースでは、正社員には退職金があったが、契約社員Bにはなかった。高裁は、有期労働者に退職金制度を設けないことが人事施策上、一概に不合理とは言えないとする一方、この企業における退職金の性質には、「長年の勤務に対する功労報償の性格を有する部分」があり、それにかかわる部分すら支給しないことは不合理とし、少なくとも正社員の4分の1の退職金を支払うべきとした。

これに対して最高裁は、高裁の判決を覆し、退職金の不支給は不合理ではないとした。最高裁は、この企業の退職金には「労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質」があるとした上で、使用者が退職金を支払うのは「正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図る目的」があるからとした。その上で職務の内容の違いなどを考慮しても、退職金の相違は不合理とまでは言えないと評価した。

大阪医科薬科事件と日本郵便事件

大阪医科薬科大学事件では、有期契約のアルバイト職員と正職員との労働条件の違いが問われた。このケースでは、正職員には年2回、賞与が支払われていた。契約職員等には正職員の8割の賞与が支払われていたが、アルバイト職員には賞与の支給がなかった。

高裁は、この大学における賞与が、算定期間に在籍し、就労していたこと自体に対する対価という性質を有すると判断した。そして、アルバイト職員に賞与をまったく支払わないことは不合理だとして、正職員と同じように在籍しているアルバイト職員にも賞与を少なくとも正職員の60%は支給すべきとした。

一方、最高裁は、この大学での賞与は、算定期間における労務の対価の後払いや一律の功労報償、将来の労働意欲の向上など複合的な性格を持っているとした上で、この企業における賞与は「正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的」から、正職員に対して支給するものだとして、正職員とアルバイト職員の職務内容などの違いを挙げた上で、違いは不合理ではないと判断した。

次に日本郵便事件では、各地で3件の訴訟が提起され、各種手当に関する違いが争われた。中でも、大阪高裁が不合理ではないとした扶養手当の不支給を最高裁が不合理とした点が注目される。

高裁は扶養手当について、歴史的経緯もさかのぼりつつ、扶養手当が基本給を補完する性質を持つものとして、契約社員に支払わなくても不合理ではないと判断した。一方、最高裁は、扶養手当は正社員の継続的な雇用を確保する目的を持つものだとして、契約社員でも扶養家族がいて、相応に継続的に勤務するのであれば、扶養手当を支払うべきだとした。

最高裁判決の特徴

これらの判決の中で特に注目されるのは、最高裁が賞与と退職金の不支給を不合理ではないとしたことだ。

最高裁は、賞与や退職金の趣旨・目的について、それらがさまざまな目的を含んでいるとした上で、今回のケースで使用者がそれらを支給するのは「正社員としての…人材」を確保するためと位置付けた。使用者が賞与や退職金を支払うのにはいろいろな目的があるが、それらは最終的に正社員としての人材を確保するためにあると目的を集約させたことに最高裁判決の特徴がある。この前提に立つと、不支給も不合理ではないという結論に至るのはむしろ自然なことと言える。

ただし、こうした「正社員人材確保論」が妥当と言えるかは議論の余地がある。最高裁の判断は、確かに企業の実態を反映している側面もあるとはいえ、議論がおおまかすぎるという評価も否めない。

メトロコマース事件で高裁は、功労報償という退職金の性質は契約社員Bにも当てはまるとした。また、大阪医科薬科大学事件でも、高裁は算定期間中に在籍していれば支払われるというこの事案における賞与の性質を踏まえれば、アルバイト職員に賞与をまったく支払わないことは不合理だとした。

一方、最高裁判決は、退職金や賞与を支払う目的を正社員人材の確保という点に集約させてしまった。より踏み込んで退職金や賞与といった各労働条件の性質を検討すれば、賃金の後払いや功労報償といった性質を個別具体的に勘案し、高裁のように判断することもできるはずだが、最高裁は正社員としての人材の確保に目的を集約させた。

ここで難しいのは、高裁のようにそれぞれの性質に着目して判断しようとする場合でも、その性質がその労働条件の中でどれくらいの割合を占めているのか、特に金額的な面を明らかにできないことだ(実は、高裁が挙げた4分の1や60%という数字の根拠は不明である)。その意味では、最高裁が正社員人材の確保に支給の目的を集約したことも正面からは否定しづらい。

一方、今回の一連の判決を通して、手当に関しては裁判所の判断が固まりつつあることが見えてきた。こうしたことから、趣旨・目的が明らかにしやすい各種手当と、さまざまな趣旨や目的が含まれうる賞与や退職金とでは、判断の上で違いがあることはまだまだ否定できない。

事例の蓄積が必要

ここで強調したいのは、今回の最高裁判決でパート・有期労働者に対する賞与や退職金が不要になったというわけではないことだ。今回の判断はあくまで当該事例における判断であり、賞与や退職金が常に不要というわけではない。

今後、労働組合が賞与や退職金の支給を求めていく場合、原点に帰って、自社の賞与や退職金がどのような性質を持つものなのかを掘り下げることが重要だ。例えば、賞与が明確に業績に連動して支払われる仕組みであれば、パート・有期労働者も業績に貢献している限りは何らかの支給が必要と訴えやすくなる。労働条件の趣旨・目的を明確にする作業を続けることで、パート・有期労働者にも支給すべき性格のものが出てくるはずだ。

実は「正社員人材確保」という言葉はマジックワードで、そこにすべての目的を集約させてしまうと、問題となった労働条件がどのような性質を持つのかという緻密な議論を難しくしてしまう側面がある。ただ、その一方で、賞与や退職金のような労働条件について、その内訳を緻密に設計している企業は現実的にはほとんどないのではないか。その意味では最高裁の判断は現実を反映している側面もあると言える。

とはいえ、賞与や退職金に関しては、さらには基本給に関しては、事例がまだまだ少ない。今後の事例の蓄積が必要だ。

説明責任を突破口に

今回の判決は、労働契約法20条を引き継いだパート・有期法8条や「同一労働同一賃金ガイドライン」にも影響を与えると考えられる。二つの法律はつながっていると理解するのが自然で、実務上は今回の判決が今後のパート・有期法の判断でも重視されるのではないか。

一方、パート・有期法(14条)では、待遇差の理由に関する説明義務が新たに創設された。使用者はパート・有期労働者から求めがあった場合、正社員との間の待遇差の内容と理由を説明しなければならない。それらを会社が説明できなかったり、説明が不十分だったりすると、裁判において労働者側に有利な証拠になる。今回の判決後に、使用者への立証責任の転換を求める声もあったが、まずはパート・有期法14条を突破口に労使で協議を進めると良いのではないか。

企業には、正規と非正規で労働条件が違う理由を説明することがますます求められるようになる。引き続き労使で対話を積み重ねることが重要だ。

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