もっと労働組合 ─つくろう、入ろう、活用しよう─大使館・領事館 現地職員のリアル
法律のはざま 労働組合の力で打開
知られざる現地職員の労働環境
ブラジル大使館・領事館で働く現地職員の労働組合が、情報労連に加盟した。
大使館や領事館というとパーティーやイベントなど、華やかなイメージがあるかもしれない。だが、現実は違う。日本で採用された現地職員は、本国と日本の法律のはざまに置かれ、苦しんでいる。
グローバル化によって在日外国人が増える中、外交を担い、在日外国人の暮らしを支える大使館・領事館の仕事の重要性は一層高まっている。一方、その仕事を支える現地職員の働き方は、これまであまり注目されてこなかった。知られざる大使館・領事館での働き方に光を当てていきたい。
日本国内には、世界約180の国と地域の外国公館がある。
大使館や領事館で働く人というと、外交官など外国の公務員というイメージが強いかもしれないが、実際は日本国内で採用された人が多数を占める。駐日ブラジル大使館・領事館の場合、約165人のうち約70%が現地職員だ。
外国公館での仕事は、賃金も雇用も安定しているというイメージもあるかもしれない。だが、それは外交官等の本国から派遣された職員の話で、現地職員との間には大きな労働条件の格差がある。ブラジル大使館・領事館の現地職員には、昇給や賞与、交通費などの各種手当もなければ、退職金もない。加えて、残業代も支払われていない。さらには、年金、医療の社会保険にも加入していない(浜松総領事館を除く)。在東京ブラジル総領事館ユニオンの藏貫クラウディア委員長は、「大使館や領事館の仕事は表面的には華やかに見えるかもしれません。同胞を支えるやり甲斐のある仕事で、皆誇りをもって働いています。しかし過酷な労働条件だという現実を知ってもらいたい」と訴える。
リーガル・リンボ
なぜこうした状況が生まれるのか。まず、原則として、大使館・領事館で雇用されている現地職員には、労働基準法・労働組合法をはじめとした日本の労働法が適用される。そのため、時間外労働をする際には36協定が必要になるし、時間外労働をすれば割増賃金の支払いが必要になる。つまり、日本の法律が守られていれば何ら問題はない。
しかし、問題なのは、「現地職員は日本の法律で守られるべきなのに、それが完全な形で守られないこと」とブラジル大使館ユニオンの山崎理仁委員長は訴える。使用者である大使館・領事館が、本国のルールと日本のルールを都合よく使い分け、日本の法律を守らないことに大きな問題がある。このように、大使館等の現地職員が、本国と現地国のルールのはざまに置かれる状態は、「リーガル・リンボ」と呼ばれている。リンボとは、キリスト教の用語で、天国と地獄の間の状態。ここでは「法的な宙ぶらりん」状態のことを指す。
ブラジル大使館では、約30年前までブラジルの法律に基づく契約を現地職員と交わしていた。当時は退職金の積立制度もあり、給与水準も市場平均に見劣りしなかった。ところが、1990年代はじめに大使館は、本国からの指令に基づき、「現地法の最低限の義務しか認めない」という方針に一方的に切り替えてきた。その結果、退職金制度の廃止や無期契約から1年更新の有期契約への変更など、労働条件が大幅に切り下げられた。「2003年までの10年間は、雇用契約書も就業規則もなく、大幅な不利益変更を迫られても、裁判に訴えるすべすらなかった」と山崎委員長は振り返る。
「現地法の最低限の義務しか認めない」という本国の方針に基づくため、現地職員には、昇給も賞与も交通費などの各種手当も、退職金もない。社会保険も、厚生省が1955年に「外国公館は任意適用事業所とする」とした古い通達を根拠にし、浜松総領事館以外の3公館は未加入のままだ(労災保険と雇用保険は2012年に加入)。
本国からの外交官と現地職員の間にある力関係を背景とした、ハラスメントも横行している。現地職員はこうした「無法状態」ともいえる中で、抵抗する手段を持てないでいた。
外交特権のはざまで
「リーガル・リンボ」の背景には、国家は他国の裁判権に服さないとする国際法上の主権免除の原則と、外交官等の特権を認めたウィーン条約の存在がある。同条約により、外交官等には公館や住居等の不可侵権のほか、刑事・民事裁判権の免除が認められている。そのため、労働基準監督官等の大使館への立ち入りや、使用者側である外交官に対する刑事訴追は認められていない。こうした法的実効性が不十分である状況が、現地職員の権利行使を難しくしてきた。
ただし、労働契約に関しては、主権免除の原則の見直しが行われた。国連は2004年に「国連国家免除条約」を採択し、裁判権免除の具体的範囲などを定めた。この条約の第11条によって、雇用契約に関する裁判は、裁判権免除の対象外となったのだ。
「国連国家免除条約」は、未発効の状態だが、日本は2007年に署名。2009年に条約に対応するための国内法として「対外国民事裁判権法」を制定し、2010年4月に施行した。この法律によって、労働契約について大使館や領事館を日本の裁判所に訴えることが初めて可能になった。
労働組合の力
労働条件の切り下げやハラスメントの横行など「無法状態」ともいえる職場を変えてきたのが、労働組合だ。
日本にあるブラジル4公館の中で、最初に労働組合ができたのが、在東京ブラジル総領事館だった。組合結成に至るまでは、職場ではハラスメントが横行していた。2人の同僚が理由もなく突然不当に解雇されたこともあった。
領事館は2005年に就業規則を作成。現地職員たちが、それに合わせ、勉強会を開催し、連合東京に相談したことをきっかけに、2009年8月、労働組合の結成に至った。労働組合は、結成通知書や団体交渉申入書を提出したが、領事館は労働組合を認めようとしなかった。
その後、2011年に3人目の解雇が生じたことを契機に労働組合は、東京都労働委員会に救済を申し立てた。労働委員会は申し立てを受理。結果的に労働側の主張が全面的に認められ、和解することができた。
在東京ブラジル総領事館が2011年に東京都労働委員会に救済を申し立て、解決したこの事例は、外国公館職員が日本の法律を使って勝利を収めた先駆的な事例となった。さらにブラジル大使館は2017年に東京都労働委員会に不当労働行為の救済申し立てを行い、2020年1月に解決に持ち込んでいる。権利行使の幅は確実に広がっている。
ブラジル大使館で労働組合が結成されたのは2017年。以前から結成の動きはあったが、当時、業務が大幅に増え、職員のうつ病、過労死レベルの時間外労働、定年延長で働いていた複数のシニア職員の雇い止め、中堅職員の不当解雇、雇い止め通告された職員の突然死などの問題が相次いで起きた。そのさなかに、大使館が労働条件をさらに引き下げる就業規則の変更を提案してきたことで、労働組合の結成につながった。
以来3年近く、就業規則の不利益変更と社会保険への加入について団体交渉を重ねているが、進展がない。労働組合の顧問弁護士である嶋崎量弁護士は、「不利益変更の内容は、日本の法律に従えば、裁判で認められないようなもの」と解説する。労働組合は対案として就業規則を作成したが、無視された。労働組合は、交渉を再開するために、2021年3月、東京都労働委員会に救済申し立てを行った。
国の枠を超えた連帯を
「労働組合がなかった頃は、無法地帯だった」と山崎委員長は振り返る。「労働組合をつくったからここまで踏ん張ることができた。労働組合がなかったら、就業規則の不利益変更もリストラもハラスメントも止められなかった」と続ける。嶋崎弁護士も、「権利があるのに、その行使が難しい中で、労働組合があるから、不利益変更を食い止めたり、職場環境を少しずつ変えたりすることができた」と強調する。
クラウディア委員長は、「救済命令を勝ち取ってから、不当解雇やハラスメントはなくなった。労働組合を結成してからは、職場の団結が強くなった。上司も配慮するようになった。トラブルもみんなで解決しようという機運が生まれた」と話す。
外国公館で働く現地職員の労働条件はこれまで注目されなかったが、諸外国では改善の動きもある。ベルギーでは、外国公館現地職員の横断的労働組合の働きかけにより、関係省庁と労働組合の代表からなる「大使館職員調停委員会」を創設。現地職員に適用される労働法・社会保障法などを解説し、モデル就業規則などの採用を勧告している。山崎委員長は、「他の外国公館で働く仲間と連帯して、現地職員の職場環境を改善していきたい」と強調する。
大使館・領事館の仕事は、日本で暮らす外国人の暮らしを支えることで、共生社会をめざす日本社会にとって今や欠かせないエッセンシャルワークだといえる。それを支える、外国公館の現地職員の処遇改善は社会的にも重要な意味を持つ。行政を通じた仕組みづくりや、国の枠を超えた現地職員の横のつながりも大切だ。現地職員の働き方を改善したい人は、情報労連に相談を寄せてほしい。