もっと労働組合 ─つくろう、入ろう、活用しよう─無力感漂う「安定」から脱却し
緊張感のある集団的労使関係の再構築を
労使関係部門 統括研究員
労働組合の存在意義
危機は、労働組合の存在意義を確認できるチャンスです。危機の実態を正確に把握し、組合員からの求心力を高めること、会社と足並みをそろえて危機を乗り越えようとすること。こうした取り組みがあれば、労働組合の存在意義は高まるはずです。
日本の労働組合の最大の役割は、雇用を守ることです。労使で雇用を守るという、ぶれない方針を定め、そこに向かって労使が知恵を出し合えば、突破口は必ず開けます。目標を固く持ち、それを達成する方法は柔軟に考える。意志あれば道は必ず開けます。
危機に直面しない企業や社会はありません。その危機をチャンスに変えられるかどうかは、平時の職場環境によって左右されます。例えば、コロナ危機において、帝国ホテルはすべての従業員からアイデアを集め、高級ホテルとしては異例の「長期滞在プラン」を販売し、予約でいっぱいになりました。
こうしたアイデアが出てきたのは、組合活動として日頃から自由に発言ができ、その発言が尊重される職場環境があったからです。従業員が「こんなことを言っても取り上げられない」「どうせ無視される」と感じているような職場であれば、危機の際にも意見は出てきません。
組合員一人ひとりが自由に考えて発言し、それがさまざまな形で会社の施策に反映される。そういう職場環境を労働組合が平時から構築することで、危機の際にもアイデアが出てくるのです。
労働組合の「心求主義」
私はこれまで、労使関係の4共性(共存性、共感性、共育性、共創性)が大切だと訴えてきました。今回、これに加えて訴えたいのは、労働組合の活動の原点は、組合員の心をつかむということ。組合員から頼りにされる、人という側面から物事を捉える。そうした心を満たす活動、すなわち「心求主義」の実践です。
会社が追求するのは、数字を追い求める「数求主義」です。数字では従業員一人ひとりの心まではつかめません。心をつかめるのが労働組合です。
労使がそれぞれの主義を追求する中で、バランスがうまく取れる環境が望ましい会社経営につながるはずです。
韓国の「勤参法」に学ぶ
しかし、日本の労働組合の組織率は2割以下。8割以上の労働者は、集団的労使関係の下にありません。
私は昨年、韓国の従業員代表制度の実態調査として17社にヒアリング調査をしました。韓国も、労働組合の組織率は低く(2019年、12.5%)、多くの労働者は労働組合に加入していませんが、法律で定められた従業員代表制度が集団的労使関係の構築を促進しています。
対等な労働力の取り引きのために最も望ましい方法は労働組合です。しかし、労働組合のない職場にも何らかの手当てをする必要があります。
韓国は1980年、「勤労者参加および協力増進に関する法律」(以下、勤参法)を制定しました。従業員30人以上の企業は、労使協議会を設置する義務があり、四半期ごとに労使協議会を開催しなければなりません。
労使協議会には報告事項、協議事項、合意事項があります。報告事項は経営計画や経営実績などの4項目、協議事項は労働生産性の向上や成果配分など16項目、合意事項は教育訓練や能力開発基本計画の樹立などの5項目です。例えば、報告事項では会社は四半期ごとの経営状況を報告しなければなりませんし、教育訓練の計画は労使が合意する必要があります。こうした仕組みによって、労働組合のない職場でも集団的労使関係が構築されています。
韓国での調査を踏まえ、労使協議会の四つの役割が挙げられます。
一つ目は透明性の確保です。報告事項として、企業は企業業績や経営計画を四半期ごとに労使協議会に報告しなければなりません。その結果、企業経営の透明性が高まります。
二つ目は、労働者の参加性の確保です。法律によって企業経営に対する労働者の参加性が確保されます。
三つ目は、労働者の主体性の発揮です。企業経営への参加が促進されることで、労働者は主体性の発揮を促されます。
そして四つ目が、納得性の確保です。会社から報告を受けながら、労働者も経営に参加することで、経営に対する納得性が高まります。
集団的労使関係政策の欠落
このように「勤参法」によって労働者が企業経営に主体的に参加することで、労使関係に緊張感が生まれます。
日本の集団的労使関係の政策は、「労働争議がなければいい」という「労使関係の安定」だけを考えた政策が取られてきたのではないでしょうか。しかし、緊張感のない、無力感の漂う「安定」は、成長につながりません。日本の平均賃金(ドル換算)は、OECDの統計で2015年韓国に抜かれ、その差は広がりつつあります。緊張感のない労使関係に甘んじたことが、日本の低成長につながっているのではないでしょうか。
私は、日本の低成長の背景には、集団的労使関係政策の欠落があると考えています。緊張感を持った労使関係に移行しなければ、日本はますます取り残されてしまうと強く懸念しています。だからこそ、韓国の「勤参法」のような法律を日本でも制定し、緊張感のある集団的労使関係を構築しなければいけません。
労働者代表制度の導入は、「労働組合無用論」につながるとの指摘がありますが、韓国ではむしろ労働運動の強化につながっています。
「労組無用論」につながるから、労働者代表制度の導入には反対という意見に私はくみしません。それはむしろ、組織強化・拡大につながります。大切なのは、労働者の人権が守られることです。表現の自由は最も重要な人権です。職場でも自由に発言でき主体性を発揮する。これはつまり、民主主義であり、人権の問題です。危機克服の源でもあるそのような環境づくりに資する労使関係を一刻も早く構築していかなければなりません。