トピックス2021.05

労働安全衛生
高年齢者の労働災害を防ぐテレワークのメンタルヘルス対策
高年齢者の労働災害を防ぐ
心身機能の低下に対応した対策を

2021/05/18
「人生100年時代」といわれる中、高年齢労働者が増えている。それに伴い、高年齢者の労働災害も増えている。厚生労働省は昨年3月、ガイドラインをまとめた。作成にかかわった識者に聞いた。
高木 元也 労働安全衛生総合研究所
新技術安全研究グループ 特任研究員

「人生100年時代」の指針

厚生労働省は2020年3月、「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」(エイジフレンドリーガイドライン)をまとめました。政府が高年齢労働者の労働安全衛生について指針をまとめるのは初めてです。

人手不足を背景に、高年齢労働者の活用が進んでいます。これまでも高年齢労働者の労働災害防止対策が必要だといわれてきました。ただ、高年齢労働者は、心身機能や健康状態などのばらつきが大きく、まとまった指針づくりが難しいという課題がありました。しかし、「人生100年時代」になれば、就労期間を年齢で一律に制限するのは、合理的とは言えません。高年齢者一人ひとりの健康状態などに合わせて働き続けられる環境を整備することが求められています。「エイジフレンドリーガイドライン」は、そのために、事業者や労働者に求められる取り組みをまとめたものです。

高年齢者の労働災害の実態

高年齢労働者の増加に伴い、高年齢労働者の労働災害が増えています。

労働者1000人当たりの労働災害の発生率を見てみましょう。男性は25〜29歳で2.05なのに対し、65〜69歳は4.06と約2倍に、女性は25〜29歳で0.82なのに対して、65〜69歳では4.00と4.9倍に跳ね上がります(グラフ1)。

これを災害の種類別に見ると、男性は「墜落・転落」事故が多く、女性は「転倒」が多くなっています。

また、年齢が高くなるほど労働災害に伴う「休業見込み期間」も長くなります。60〜69歳では、約6割が「休業見込み期間」が1カ月以上に及びます(グラフ2)。高年齢者の場合、労働災害が発生すると重篤化しやすいといえます。

さらには、建設業のデータですが、高年齢労働者は死亡災害の発生割合が高いというデータもあります。建設業における50歳以上の就業者の割合は44.3%に対して、死亡災害に占める50歳以上の割合は55.7%と非常に高くなっています。

グラフ1 年齢別・男女別に見た労働災害の発生率(2018年)
グラフ2 年齢別の休業見込み期間の長さ(2018年)

背景にある心身機能の低下

高年齢労働者の労働災害の背景には、加齢に伴う心身機能の低下があります。

20代前半と50代後半を比較した際に、大きく低下する機能は、「夜勤後の体重回復」です。20代前半を100とした場合、50代後半では27まで機能が低下します。夜勤後に、若い人は比較的早く回復するけれども、高年齢者になると回復が遅くなるとイメージしてください。

通信建設現場などで多い「墜落・転落」にかかわる心身機能は、「バランス感覚」です。ところが、「バランス感覚」は20代をピークに、その後は滑り台のように急激に低下します(グラフ3)。

また、「墜落・転落」にかかわるもう一つの機能は、「とっさの動き(反応動作)」ですが、こちらの機能も10代後半にピークを迎え、その後は急激に低下していきます。

「バランス感覚」が低下し、「とっさの動き」も低下するということは、脚立から落ちやすくなったり、転落した際に受け身がとれなかったりするということです。つまり、高年齢になると、転落災害が多くなり、さらに重篤化しやすいということです。

高年齢者になると視力も低下します。特に暗い場所だと視力が著しく低下します。例えば、明るさが確保できない夜間作業の場合、高年齢者は若者よりも周囲が見づらい状態になっています。

聴力も加齢とともに低下します。特に、会話中に他の音が入った場合の聞き取りが、年をとると非常に悪くなります。例えば、電話をしている最中に話しかけられると、受話機からの声の聞き取りが難しくなります。加齢に伴って記憶力も低下します。

このように、高年齢者になるとさまざまな心身機能が低下することを十分に理解する必要があります。

個人差が大きいことに注意

ここで忘れてはいけないのは、高年齢者の心身機能の低下は、個人差が非常に大きいということです。

数字に照らして見てみましょう。「生理的年齢」(心身機能の備わり具合を年齢化したもの)の幅は25歳時点では4年ほどですが、65歳になると16年に広がります。これは、実年齢は65歳でも「生理的年齢」が50代の元気な人もいれば、70代の老化が著しい人もいるということです。このように「生理的年齢」は加齢とともに幅が広がっていきます。高年齢者の心身機能は、個人差が非常に大きいため、対策をとるに当たっては、個々人の体力や健康の状況を踏まえなければいけません。

ガイドラインの概要

「エイジフレンドリーガイドライン」は、事業者に求められる事項として、(1)安全衛生管理体制の確立(2)職場環境の改善(3)高年齢労働者の健康や体力の状況の把握(4)高年齢労働者の健康や体力の状況に応じた対応(5)安全衛生教育──を上げています。

(1)は、労働安全衛生委員会の設置をはじめ、皆さんの職場でもすでに取り組んでいることが中心です。(2)は、高年齢者に配慮した作業環境の整備といったハード対策。仕事と治療を両立できる勤務体制や、作業スピードなどへの配慮、熱中症災害防止対策などのソフト対策です。

特徴的なのは、(3)以降で、高年齢労働者の健康や体力の状態を把握し、それに応じた対策を取るよう企業に求めていることです。

体力状況の把握には、例えば、厚生労働省の「転倒等リスク評価セルフチェック票」があります。このテストはまず、反復横跳びなどの体力測定を行い、客観的な身体機能を評価した上で、質問票に沿って主観的な身体機能を評価します。二つの結果を比べると、主観的な身体機能と客観的な身体機能とのギャップが浮かび上がります。転倒災害の場合、転倒予防意識を持っておくことが非常に大切なので、こうしたテストで自覚を促すことは有効です。

(5)の安全衛生教育については、高年齢者は、新しいことを学ぶ際に過去の経験が邪魔をしたり、心身機能の低下に気付かず以前と同じように作業をしたりすることがあります。高年齢者に安全衛生教育をする際は、丁寧に教育したり、心身機能の低下を客観的に伝えたりする必要があります。また、企業が、高年齢者の心身機能の低下を十分に理解することも大切です。

高年齢者の力を生かす

労働組合としては、高年齢者の心身機能の低下を、企業が労働条件の引き下げに安易に結び付けないよう、注視していくことが必要です。

高年齢者は、加齢に伴い心身機能が低下しますが、一方で、仕事へのやりがいや意欲は高まります。また、経験と技能の蓄積は、熟練を構成し、より高度で複合的な作業能力を生みます。現場で起きている複合的な問題に臨機応変に対応するためには、経験の力が必要で、そこに高年齢労働者の力を活用すべきです。

高年齢労働者を生かせる企業は成長するし、本人もやりがいを感じながら働くことができます。エイジフレンドリー、和訳すれば高年齢労働者の特性に応じた職場をつくり、その力を存分に生かす取り組みが重要です。

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