特集2021.07

政治に変化を
政治に対する見方を変える
日本の国家方針を選択する選挙
個人、支え合い、民主主義への転換を

2021/07/13
来る総選挙の争点はどこにあるのか。国家方針を転換するための重要な選択の機会になる。選択のためのポイントを解説してもらった。
田中 信一郎 千葉商科大学
基盤教育機構准教授

首相の国家観、経済観、政治観

菅首相の五輪を巡る言動からは、彼の国家観などが読み取れます。

一つは、個人より国家を重視する国家観です。専門家は、五輪開催で感染リスクは高まると指摘してきました。菅首相は、それでも国家の威信を優先して五輪の開催に突き進みました。人々の健康や命より国家の威信を優先する。そこには、個人より国家を重視する菅首相の国家観が見事なまでに表れています。

二つ目は、新自由主義的な経済観です。開催推進派が強調するのは、五輪がもたらす経済的な利益です。新自由主義がめざすのは利益追求と利益の最大化。五輪の開催で感染が拡大し、死者や重症者が増えたとしても、利益追求のために五輪を開催する。そうした利益追求の経済観は、まさに新自由主義的な経済観です。

三つ目は、権威主義的な政治観です。菅首相は、世論調査で多くの人が五輪の中止や延期、無観客開催を求めているにもかかわらず、その声に耳を傾けず、結論ありきで突き進んできました。そこには、人々は権力者の言うことに従って動けばいい、という姿勢がにじみ出ています。こうした姿勢は民主主義を軽視するものであり、菅首相の権威主義的な政治観が表れているといっていいでしょう。

このように五輪を巡る言動からは、菅首相の国家重視、新自由主義的、権威主義的な国家観、経済観、政治観が読み取れます。

では、五輪が開催された結果、菅首相の国家方針はどうなるのでしょうか。菅首相は、仮に感染者数が増えたとしても、五輪が開催できたというだけで、このやり方で間違いないと自信を深めるでしょう。五輪後も、国家重視、新自由主義的、権威主義的な政治が続くことになります。その結果、権力に近い人たちは恩恵を受ける一方、遠い人たちは苦しくなるという政治は続きます。格差拡大の流れは止められないでしょう。

自民党の限界

自民党は、これまでも国家重視で、新自由主義的、権威主義的な性質を持つ政党でした。ただし、「55年体制」下の自民党には、その中にも幅がありました。例えば、国家重視などの側面が行き過ぎると、その後に、個人重視、支え合い重視、民主主義重視の価値観を持つ政治家がリーダーに押し上げられることもありました。

しかし、2012年末の政権交代後、自民党はそうした幅を失いました。国家重視などの性質を前面に打ち出し、党内のライバルを鎮圧しました。その結果、「党内政権交代」によって、価値観の振り子を逆に振る選択肢を失ってしまったのです。これが現在の自民党です。

それが自民党政権の限界にもつながってきます。すなわち、大きな時代の変化に直面したときに、現在の自民党では国家方針の転換に対応できないのです。そのため国家方針を転換するには、文字通り、政権交代をするしかありません。

野党第一党・立憲民主党の党首である枝野代表は、こうした状況を認識しています。そのことは、枝野代表が今年5月に出版した『枝野ビジョン 支え合う日本』(文春新書)にはっきり書かれています。枝野代表は、個人重視、支え合い重視、民主主義重視に転換する必要性を明確に訴えています。

私たちは今、時代の大きな変わり目の中にいます。グローバルに広がる格差や気候変動への対処──。こうした問題に対処するには、支え合いや民主主義の力を重視する方向へ、国家方針を転換しなければいけません。

新自由主義は経済的価値をひたすら大きくしようとする考え方です。しかし、社会にある価値は経済的価値だけではありません。暮らしや生活の質にかかわる非経済的価値も存在します。経済的価値と非経済的価値を合わせた社会的価値をいかに大きくして、どう平等に分配するのか。社会的共通資本という考え方をキーワードに、行き過ぎた資本主義に対抗していかなければいけません。アメリカのバイデン政権もその方向をめざしています。国家重視から個人重視、利益追求から支え合い、権威主義から民主主義へ──。次の総選挙では、こうした国家方針、社会ビジョンの転換が問われていると言えます。

対話と政治参加

これまでの選挙では、消費税の引き上げを延期するかどうかというようなワン・イシューを争点にした選挙も多くありました。

確かに、ワン・イシューの選挙には、ある種のわかりやすさがあるかもしれません。メディアにとっても、争点が設定しやすいのでしょう。しかし、例えば消費税率の上げ下げだけからは、大きな社会像は読み取れません。

ワン・イシューの選挙から抜け出すためには、有権者が学ぶことも大切です。

今の政治は、政党と有権者の関係が、お店とお客のような関係になっていて、有権者は政党の出すメニューを見て選ぶだけになってしまっています。

しかし、それではたとえ政権が代わったとしても、政治がよくなるとは言えません。有権者一人ひとりが、自分が政治に参加して、その決定にかかわっているという感覚を持てるようになることで、政治ははじめて変えられます。そうした感覚を持つ人が増えることで、社会の力が強くなって、暮らしが豊かになっていきます。中央集権型の国家から分散ネットワーク型の社会への転換は政治分野でも求められています。

そこで大切なのは、対話です。労働組合はここでも重要な役割を発揮します。労働組合が組合員と政治家との対話の場をセットして、お互いが学ぶ。それが、組合員が、労働組合や議員を通じて自分の意見が政治の場に反映されるという感覚を得ることにつながります。急がば回れかもしれませんが、こうした対話の場を地道に積み上げていくことが真の政権交代のためには必要です。

たとえ次の総選挙で政権交代しなくても、与野党の勢力が伯仲すれば、政治に緊張感が生まれ、与党も野党の提案をないがしろにできなくなります。有権者にとって、それは一つの成功体験になるはずです。

国家方針を問う10年

私は今後10年間が、その先の日本社会を決める決定的な10年になると考えています。

理由の一つは、気候変動です。気候変動のリスクを少しでも下げるためには2030年までの産業・経済構造の転換が極めて重要です。

もう一つの理由は、国際社会の関係性が大きく変わる10年だと捉えているからです。この10年は、大航海時代や産業革命以来のグローバル化の負の歴史の清算が本格的に始まる期間だと考えています。産業革命をきっかけにした環境破壊や、奴隷制を起源とした人種格差、行き過ぎた資本主義やグローバルな経済格差──。こうした大航海時代や産業革命に端を発する問題を一つずつ解きほぐし、国際社会の関係性を変えていく重要な期間になるはずです。

世界の流れは大きく変わろうとしています。もちろん、日本の私たちもその流れの中にいます。私たちは国家方針を転換する重要な10年の中にいます。次の選挙はそのことを問う、重要な選挙になります。そうした視点で一票を生かしてほしいと思います。

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