特集2021.07

政治に変化を
政治に対する見方を変える
「ミドルクラスを取り戻す」
バイデン政権の労組支援の背景とは?

2021/07/13
アメリカのバイデン政権が労働組合支援の政策を打ち出している。背景にある問題意識とは何か。日本の私たちがそこから学べることとは何か。
山崎 憲 明治大学准教授

バイデン政権の問題意識

アメリカと同じように、日本でも格差や貧困が問題になっています。日本のメディアも政治家もそのことを問題として取り上げます。しかし、その原因は何かという議論が欠けているように思います。

バイデン大統領が強調してきたのは、「ミドルクラスを取り戻す」ということ。バイデン政権は、国内での格差拡大の原因が、ウォール街と巨大テック企業の支配にあると訴え、その対策を争点にしてきました。

バイデン政権は、ウォール街と巨大テック企業の支配が強まる中、アメリカの再生のためには、「ミドルクラス」の再興が必要だと訴え、そのために巨大テック企業への規制や、グローバル課税の必要性、労働組合の強化などの政策を打ち出してきました。バイデン政権の政策の背景には、こうした明確な問題意識があると言えます。このことが日本でどれだけ意識されているでしょうか。

多重下請け構造への規制

アメリカで格差拡大の原因となったのは、アウトソーシングの広がりです。巨大テック企業のプラットフォームビジネスの下で、アウトソーシングが拡大し、その結果、労働組合のない下請け企業や個人請負労働者が増加し、賃金の低下につながりました。それが格差拡大の要因となっています。

こうした動きは1980年代から続いています。アメリカでは、1980年代に自動車産業などの国際競争力が低下します。その背景には、日本のような労使協調が難しい、アメリカの労働組合の「ジョブコントロールユニオニズム」がありました。企業は労働運動が弱い地域に工場を設置する一方、行政は、労働組合に不利な州法(いわゆる「労働権法」)を成立させ、企業誘致のインセンティブにしてきました。

その結果、労働組合の組織率が低下し、労働組合を通じた分配の力が弱体化し、格差が拡大しました。同様の問題は他国でも起きています。ドイツでは、アウトソーシングが拡大した結果、下請け企業への産業別労働組合による規制が及ばなくなり、それが法定最低賃金の創設につながりました。

プラットフォームビジネスの下で広がる多重下請け構造に、どのように対抗するのか。下請法によって規制するのか。労働組合が交渉できる範囲を広げるのか。OECDも、ミドルクラスへの分配を高めるためには、労働者を組織化する必要性を報告書で提言していますが、解決策は見えていません。しかし、ほかに手がないなら労働組合でやってみるしかありません。

バイデン政権の労組支援

バイデン政権は、労働組合を支援する政策を次々と打ち出しています。例えば、個人請負事業主を労働者に分類したり、会社による反組合的行為を抑制したりするための「団体権保護法案(PROAct)」を議会に提出したり、労働者の組織化とエンパワーメントに関するタスクフォースを創設したり、全米労働関係委員会(NLRB)のトップを交代したりしたように、労働組合寄りの政策を鮮明に打ち出しています。

もちろん、さまざまな問題は労働組合だけでは解決できません。アメリカの労働組合には、日本の労働組合のように労使協調が難しいという問題があります。また、多重下請け構造下で働く労働者の組織化の担い手が従来の労働組合であるかどうかは別問題です。長期的には企業を超えた労働組織をつくらないとうまく機能しないでしょう。そうした課題をどうクリアするかは、依然として大きな課題です。

でも、労働者の権利が弱くなっているなら、労働組合を強くするしかありません。手段が限られている中で、バイデン政権は今ある仕組みを強化して、「ミドルクラス」を取り戻そうとしているのです。

ニューディールの再来

アメリカでは、新型コロナウイルスの感染拡大で60万以上の人が犠牲になりました。第二次世界大戦の米軍の死者数(約40万人)を上回る数です。このことは、日本の私たちが想像する以上のインパクトをアメリカ社会に与えました。バイデン大統領が、金融や巨大テック企業への規制や、労働組合の強化を強く打ち出せるようになったのも、新型コロナウイルスの強烈なインパクトがあったからです。

社会情勢の変化によって、バイデン政権は当たり前のことを当たり前のように言えるようになりました。労働組合をベースにしながら労働分配をしていくというアメリカ社会の考え方は、1930年代のニューディール時代から基本的に変わっていません。ニューディール政策とは、労働組合の結成を認めるものというより、労働運動を積極的に支援するものでした。大統領が労働組合を認めない経営者を呼びつけて、公共調達の対象から外すと働き掛けるような時代でした。組合選挙の結果、過半数を得た労働組合が排他的交渉権を獲得するというアメリカの仕組みも、企業の息がかかった組合を排除するという意味合いの方が大きいものでした。

労働組合を根幹にした考え方は、アメリカ社会に今も底流しています。バイデン政権の政策もこうした考え方に沿ったものだと言えます。労働組合に関する意識調査では、1930年代から60年代まで60〜70%の人が労働組合はあった方がいいと回答しています。80年代に45%まで落ちたことがありますが、バイデン政権になる直前には65%にまで上昇しました。このように、労働組合はアメリカ社会の中で必要な存在として認識されています。

政治家と労働組合の関係

労働組合と政治家との関係も、日本とは異なるように感じます。例えば、バイデン大統領は、若いうちから労働組合との連携関係がありました。彼が労働組合のイベントなどでスピーチすると、「私の父も労働者で組合員だった。労働組合の恩恵を受けて大学に行けた」というような話をします。こうした親近感を持てるような議員が日本にどれほどいるでしょうか。

もちろん、アメリカの政治家にも幅があります。ヒラリー・クリントン議員はウォール街との近さが指摘され、労働者から敬遠された側面もありました。ただ、労働組合としては、二大政党制の下では、民主党とつながるしかありません。労働組合にも、さまざまな考え方や論争がありつつも、民主党支援という形で一つにまとまっているのが、アメリカの強みかもしれません。

バイデン政権誕生の背景には、「ミドルクラスを取り戻す」という明確な争点がありました。日本の総選挙も近づきつつありますが、アメリカのような争点を見いだせるか。目先の議論だけではなく、大きな視点で捉えることが重要だと思います。

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