特集2021.07

政治に変化を
政治に対する見方を変える
「非正規化」で低迷する日本経済
公共サービス支える税制を

2021/07/13
コロナ禍で浮かび上がった日本経済のぜい弱性とは何か。経済の底上げに向けて必要なことは何か。公共サービスや税制のあり方などについて識者に聞いた。
大沢 真理 東京大学名誉教授
グラフ1 GDP成長率、実績と予測
出所:IMF, World Economic Outlook Databaseより作成

日本経済 回復の遅れ

G7プラス韓国のうち、コロナ禍の経済的な影響を大きく受けたのは、イギリスやイタリア、フランスでした。これらの国のGDPが大きく落ち込んだ背景には、感染拡大防止のために厳しいロックダウンを実施したことがあるでしょう。

日本はイギリスなどに比べれば落ち込みは激しくありませんでした。しかし、他国に比べて回復が遅れます。国際通貨基金(IMF)の予測によれば、2026年までの日本のGDP成長率は、G7プラス韓国の中で最低です(グラフ1)。

それはなぜでしょうか。コロナ禍以前から日本経済の成長率はずっと低いままでした。なぜかというと、民間最終消費支出が低迷してきたからです。民間最終消費支出のほとんどは家計支出。家計消費支出が伸び悩む背景には、日本では労働者の賃金や収入が上がらず、低迷してきたという事情があります。そして、その主な原因は雇用の非正規化にあります。雇用の非正規化が、日本経済の回復の遅れの原因となっています。

経済構造の変化

リーマン・ショック後の同時不況のなかで、日本のGDPは先進国の中で最大の落ち込みを記録しました。その原因は、自動車や電子部品・デバイスの輸出に過度に依存した産業構造にありました。リーマン・ショック後に自動車関連の貿易がほぼ崩落したため、日本は激しい落ち込みに見舞われたのです。

GDP成長率の重要項目別の寄与度を見ると、リーマン・ショック前後まで純輸出が成長に寄与していましたが、その後、その関連性は失われ、成長であれ低下であれ民間最終消費支出がけん引するようになります(グラフ2)。つまり、家計消費が伸びなければ、GDPの成長率が下がり、消費が伸びると成長率が上がるということです。アベノミクスは円安誘導や規制緩和で輸出を促進する政策でしたが、すでにその時点で日本経済は輸出が引っ張る経済ではなくなっていたと言えます。

必要なのは、賃金の引き上げで、その面で安倍政権は有効な対策を取ってきたとは言えません。安倍政権は、財界に賃上げを「お願い」し、最低賃金をそれなりに上げてはきたものの、非正規雇用の処遇は改善しませんでした。「同一労働同一賃金」を唱えたことで手当てに関する改善は起こったけれど、基本給では残業や配転の有無により「同一」となりません。非正規の処遇を底上げする効果はなく、平均賃金の低下の歯止めとはなりません。

グラフ2 GDP成長率の需要項目別寄与度:年率換算の実質季節調整系列
出所:GDP統計より作成。公的在庫変動を除く。

賃上げに必要な「同一価値労働同一賃金」

非正規化に伴う賃金の低下傾向に歯止めをかけ、逆転させるために必要なのは、「同一価値労働同一賃金」です。この考え方の下では、例えば、塗装工と看護師の職務の価値を比べ、賃金水準を決めていくことができます。非正規の保健師・看護師の賃金水準を知りたくて、たまたま千代田区の公契約条例を見たら、外注の仕事の賃金の下限額がありました。塗装工の時給の下限額は3113円。保健師・看護師は1471円です。教育訓練に要する期間やスキルなどを踏まえると、この差は理解に苦しみます。看護師は、女性が多い仕事だから低くされているとしか思えません。「同一価値労働同一賃金」の原則なら、この差を見直すことができます。

「同一賃金」が低い方に合わせられないように、「最低賃金の引き上げ」も欠かせません。「下請けいじめの解消」にも取り組むことで、日本経済の回復を展望できます。

公共サービスの充実を

経済の底上げのためには、公共サービス全体を充実させる必要があります。

公共事業で地域間経済格差が是正されたのは1980年代くらいまでのこと。以降、地域間経済格差を是正する方向に働いてきたのは、公務員や教員、医師や看護師の賃金です。

国に誘導された自治体合併や病院や学校の統廃合などによって、公務員の削減や非正規化が進み、地方の経済をいっそう痛めつけたのです。

そもそも日本は、世界の中でも人口比の公務員が最も少ない国です。そこからさらに、乾いたタオルをぎりぎりと絞るように締め付けてきました。

日本では、女性の就業に占める公務員の構成比が2%ほどしかありません。これに対してドイツは8%。教育分野は日本は7%でドイツは11%です。つまり、ドイツは女性の就業のうち約2割を公務と教育関係が占めています。それは経済の底上げと安定にもつながっています。

多くの地方自治体が、「地方創生」の戦略で掲げた施策は、第一次産業の六次産業化でした。しかし、女性の雇用のボリュームゾーンは、医療や福祉、教育にあります。それらの分野の賃金が低いため、若い女性は医療福祉や教育の資格を取っても、都会に流出してしまう。「地方創生」のためには、地域の医療・福祉の疲弊をいかに防ぐかが重要だということです。その分野の処遇を底上げすれば、資格のある若い女性が地域で働き続けることができます。そうなれば子どもも生まれ、「地方創生」につながります。

税制のあり方

公共サービスを支えるための税制をどう考えるべきでしょうか。立憲民主党が、所得税の引き下げや消費税率の時限的な引き下げを掲げていますが、それらは賢明な政策でしょうか。

税収の対GDP比を見ると、日本の所得課税は主要国で最低。自民党政権が金持ち減税を繰り返してきた結果、1989年前後をピークに低下してきました。所得減税で累進性が高まることはありません。

消費税率の時限的引き下げについても、ダメージを受けるのは中小事業者です。時限的に引き下げると、税率10%で原材料を仕入れ、製品を販売する際には5%で売らなければなりません。経済全体もデフレに傾きます。

ドイツは、付加価値税を半年間引き下げましたが、それにより失った税収はGDPの2.6%という巨額なもの。税率引き下げで得をしたのは、消費支出が大きい富裕層です。

事業者支援として必要なのは、税率引き下げではなく、「免税」です。製品を販売する際に上乗せする消費税分を、時限的に免除する。韓国が小事業者に対して行った施策で、急場をしのぐことができます。

公共サービスを支えるためには、税収を増やす必要があります。そのためには、法人税の切り下げ競争に歯止めをかけるとともに、税制上の優遇措置などによって課税ベースが削られる点を見直していくことです。所得税も所得控除を見直し、税額控除に改めるべきです。その上で、「給付付き税額控除」を導入し、税から控除しきれないほど所得の低い人には、給付して生活を支えることなどが必要です。所得控除を税額控除に転換することにより課税ベースが広がり、全体として税収がアップし、累進度もアップします。消費税率を将来的に上げる際には、逆進性対策として、複数税率でなく給付付き税額控除で対応すべきです。

トリクルダウンの幻想

コロナ対応で公務員や医療従事者の重要性が、社会でかなり認識されたはずです。公務員は全体の奉仕者であり、「あなた」にサービスを提供する人。公務員の削減は、あなたへのサービスを減らすことだと正面から訴えていくべきです。

大企業や富裕層を潤せば、働く庶民も潤うといわれてきましたが、そのようなトリクルダウンは起きていません。幻想から離れ、命と暮らしを最優先する政党に一票を投じてほしいと思います。

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