トピックス2022.01-02

新年号
委員長対談
「批判嫌い」を乗り越え政治の見方を変える
「推し」議員になるため組織外への発信強化を

2022/01/19
コロナ禍の中で行われた総選挙は過去3番目の低投票率に終わった。政治への見方をどう変えていけるのか。政治参加を促すために何が必要か。長年、民主党などを取材してきたジャーナリストの尾中香尚里さんと安藤委員長が語り合った。
尾中 香尚里 ジャーナリスト。1988年に毎日新聞に入社。政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長、川崎支局長、オピニオングループ編集委員などを経て、2019年9月に退社。著書に『安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ』(集英社新書)、共著に『枝野幸男の真価』(毎日新聞出版)など 安藤 京一 情報労連中央執行委員長

間近で見た民主党政権

安藤政治に対する組合員の意識は多様化しています。かつてのように労働組合の推薦があれば組合員が振り向いてくれる時代ではなくなりました。組合員であっても支持する政党の傾向は世間一般とそれほど変わりません。若年層ほど、投票率が低くなる傾向も世間一般と同じです。

若い組合員と話すと、「野党はなぜ批判ばかりするのか」と言われます。もちろんそれは、後手に回ったコロナ対応や、「モリカケ」をはじめとした「政治とカネ」問題など、批判されることを自民党政権がしてきたからですが、イメージが先行してか、そうした政治の本質が伝わりづらいと感じています。

本日は、尾中さんが10月に出版された著書『安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ』を題材に、今の政治をどう見るかをうかがい、今後の政治活動のヒントにしていきたいと思います。

まずは、執筆の経緯からうかがえますか。

尾中2019年まで毎日新聞で主に政治部の記者をしていました。政治部記者としては珍しいのですが、ほとんどの期間、野党担当でした。1996年の民主党結党や民主党政権の誕生、東日本大震災への対応も間近で見てきました。

取材者の視点では、民主党・菅直人政権は震災対応に真摯に取り組んでいたと思います。未曽有の災害ですから不十分な対応は確かにありました。しかし、実際に見る民主党政権の姿とメディアが報じる姿との間にはかい離があったと思います。メディアは「菅辞めろ」と批判一色。当時野党だった自民党は、政権批判を繰り返していました。間近で見ていた者としては、民主党政権の対応をきちんと伝えきれなかったことに忸怩たる思いがありました。時間がたったら、そのことを書きたいと思っていました。

それから10年たって、本の企画を進めている最中にコロナ禍になりました。民主党政権を批判した安倍首相がどれだけ立派な対応をするのかと思って見ていたら、「これでいいのか?」という対応の連続。そこで編集者と相談して、菅直人政権と安倍晋三政権の危機対応を比較する本を執筆することにしました。

権力の使い方の違い

安藤尾中さんが本の中で一番訴えたかったことは?

尾中為政者によって権力の使い方は大きく異なる。このことが一番言いたかったことです。

震災やコロナ禍のような非常事態では、国会での議論や法的な議論がなおざりにされがちで、非常事態を口実に権力が無制限に行使されかねません。非常事態への対応の仕方で、権力者に民主主義や立憲主義に対する理解があるか、権力の使い方に「たしなみ」があるかがわかります。

例えば、新型コロナウイルスの市中感染が広がり始めた2020年2月、安倍首相は大規模イベントの中止や学校の一斉休校の要請を法律の根拠もなく、唐突に発表しました。一方、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言は出し渋り、宣言をようやく出しても解除することばかり考えていました。

このように安倍首相は、法律に基づかない要請は大胆に行うものの、法律に基づく行為は二の足を踏みました。緊急事態宣言を出せば、政権が法律に縛られ、適切な保障を求められる。そのことを嫌ったのではないでしょうか。

それに対して、菅直人首相は、緊急時でも立憲主義的な対応を取り続けたと思います。菅首相は、東日本大震災5日後に東京電力本店に乗り込んで対策本部を作ったり、原発周辺の幅広い地域の住民に避難指示を出したりしましたが、それらはすべて、原子力災害対策特別措置法を入念に調べ、法律に基づいて何ができるかを確認した上での行動でした。当時、法務大臣だった江田五月さんが「菅さんは通常の市民感覚を今も保っている」と言っていたのをよく覚えています。菅首相には、憲法や法律の範囲内で何ができるのかという意識があったと思います。

このように安倍首相と菅首相との間には、権力の使い方に大きな違いがありました。これが本の中で最も訴えたかったことです。

読者の反応は、危機を大きく見るか小さく見るかという点にたくさん集まりました。安倍首相はコロナの影響を小さく見積もって対策を怠った一方、菅直人首相は自衛隊を10万人出動させたり、首都圏が壊滅状態になるシナリオを想定したり、最もひどい事態も想定して対応した。読者にはそこが一番届いたようです。

安藤危機における民主主義や立憲主義、統治者の権力の使い方に注目すべきという指摘にはっとさせられました。2020年は、コロナ禍の緊急事態だから主権を制限してもやむを得ない、強力なリーダーシップを発揮してほしいという雰囲気がありましたから。

尾中緊急的な対応をするにしても、立法はできたはずです。緊急時ですから、本当に必要な法律であれば、野党も法案の成立を妨げなかったはずです。

にもかかわらず、安倍政権は現行法を使い倒すことをしないまま、法に基づかない要請という形で権力行使をしたり、憲法の緊急事態条項の創設を一足飛びで議論したりしました。そこに安倍首相の権力の使い方の特徴があります。

メディアの報じ方の違い

安藤民主党政権への風当たりは強かった一方、安倍政権に対しては、一つ一つの政策に対する批判の声はあるのに、政権全体が体系的に批判されることが少ないと感じてきました。この違いは何でしょうか。

尾中野党に対するメディアの関心が以前と比べて劇的に下がったと感じています。野党の党大会が開かれれば、かつては紙面で大きく展開されるのが当たり前でしたが、扱いがどんどん小さくなっています。野党と与党で取り上げられる情報量に圧倒的な差があるのに、野党については「野党は批判ばかり」という情報で染められてしまう。メディア環境のバランスが崩れていると感じています。

背景には、新聞社の経営状況もあります。厳しい経営状況のあおりで新聞社の野党担当記者は減っています。一方で、政党の数は増えています。そうなると記者は定例の記者会見などの取材だけで手いっぱいになってしまいます。

メディアの政治部に党派性がそれほどあるとは思いませんが、記者は政治権力が次に何をするのかを追いかけるのが習い性になっています。なので、記者自身の考え方が自然と権力者に寄り添うものになっているのかもしれません。野党の指摘が「批判ばかり」に聞こえるのも、心の底からそう思っているのかもしれません。

「96民主党」のわくわく感

安藤長年、民主党を担当してきて、民主党の良さはどこにあったと思いますか?

尾中1996年の結党当時の民主党の政治家には、自分たちで党を作ったという創業者意識があり、自分たちで政権を取ろうという「坂の上の雲」のような志が感じられました。そこには、すがすがしさや、わくわく感がありました。

当時の民主党にも、政権政党になるために対案を出せという圧力がありました。ただ、当時の「対案路線」は、政府案に対する修正案ではなく、自分たちはこういう社会を作りたい、自分たちが政権を取ったらこういう法案を実現するという意味での対案でした。最近の「提案路線」は、政府案の土俵に乗り、そこに修正的な提案をした上で、それを取り入れてもらったら自分たちの成果だと誇るような対案ですが、かつては違いました。

安藤政権交代前の民主党には、違う社会を作るというわくわく感が確かにありましたね。多くの人がマニフェストを手に取っていきました。

今回の総選挙にはそういう盛り上がりは感じられませんでした。実際、投票率も過去3番目の低さでした。

尾中2017年の総選挙では、選挙直前で立憲民主党が立ち上がり、リベラル勢力をつぶしてはいけないという盛り上がりがありました。でも、今回は政権選択選挙。前回のように盛り上がりに頼って勝つのは難しかったでしょう。

総選挙結果を読み解く

安藤今回の選挙結果をどう見ていますか?

尾中選挙前の世論調査と結果にかい離があって、専門家の詳しい分析を得ないと評価は難しいです。

ただ、立憲民主党はできたばかりの政党で地方議員も少なく地力が圧倒的に足りていません。今回はここまでが限界だったのではないでしょうか。民主党も政権を獲得するまで、1996年の結党から2009年まで13年かかったのです。

選挙ごとの議席数を見れば、2017年の56議席からはじまり、今回は96議席へと議席を伸ばしました。比例票も1190万近く獲得しています。選挙ごとの歩みを見る限り、決して後退したわけではありません。そこは一定の評価をしていいのではないでしょうか。

安藤立憲民主党の選挙戦略はどう評価しますか。

尾中小選挙区では、接戦の選挙区がたくさんありました。そのうちの一つでも多く取れれば、比例の議席も増え、結果は大きく変わったはずです。

応援団は一人でも多い方がいいと私は思います。選挙区で接戦を繰り広げ、1票でもほしいというときに応援団の選別をする余裕があるでしょうか。1票を得るために懸命に活動している際に、誰かを切れというのは、選挙を戦う上で甘いのではないかと思います。

安藤選挙戦術を考えるのは政党で、私たちはあくまで、めざすべく政策を実現するために政党を応援する「応援団」です。その一線は踏まえた活動をしていきたいと思います。

2017年9月、新党の立ち上げを決め街頭演説した枝野氏 (東京・有楽町)

立憲執行部への期待

安藤立憲民主党の代表選挙をどう見ていましたか。

尾中かつての民主党には、党内の対立を中で解決せずに、外に持ち出して自分をアピールするような議員もいました。しかし、今回の代表選挙ではそうした動きは見られず、今の政党の理念や政策は継承していくという姿勢が見て取れました。そのことには胸をなでおろしています。

立憲民主党に対して、ウイングを広げるべきという指摘もありますが、広げるべきなのは政策のウイングではありません。「政策の軸をぶらさずに、支持のウイングを広げる」ことをめざすべきです。その点を踏まえながら、政権交代可能な政党に育ってほしいと考えています。

「批判嫌い」を乗り越える

安藤私は今回の総選挙の一番の課題は、投票率が55%しかなかったことだと捉えています。コロナ禍で政治のあり方が大切だと多くの人が感じたはずなのに、投票に行かない人が半分近くいた。この結果を分析する必要があると思っています。

尾中おっしゃる通りで、これは政治全体の課題です。政治は有権者にとってもっと身近にある、と感じてもらう働き掛けが必要です。

コロナ禍で国会中継を見る人が増えたり、私の本を手に取ってくれる人がいたり、政治に対する関心が高まっているのではないかと感じていました。それでも、ふたを開けるとこの投票率でした。

安藤政治に関心を持ってもらうために何が必要でしょうか。

尾中政治で何かが変わると考える人が少ないことに問題を感じています。国会は唯一の立法機関であり、法律を作ることで世の中を変えることができます。政治の魅力を伝え直す必要があります。

安藤そのためにも、政治に対する信頼を取り戻すことが必要になりそうですね。

尾中話が少しそれるかもしれませんが、野党には「批判」に対するネガティブなイメージを払拭し、ポジティブなイメージを取り戻すことをしてほしいと思います。

批判は悪いことではありません。例えば、野党議員が事実に基づいて政府の不祥事を指摘したり、次の質問までに回答を用意するよう求めたりするのは、当然の仕事です。それをしてはいけないというのは、野党や国会はいらないと言っているのと同じです。良い批判は、批判される側にも良い結果をもたらします。政治を身近にするためにも、まずは「批判ばかり批判」を乗り越えてほしいと思います。

安藤労働組合でも、特に若年層では「批判が嫌い」という人はいます。

尾中批判を「いちゃもん」や「罵倒」と同じだと捉えているのかもしれません。批判はそれらとは違います。

どんなに「批判嫌い」と言われても、批判は必要でやらなければいけないことであり、それは批判される側にとっても意味があるのだという風潮を、時間をかけてでも取り戻してほしいと思います。

その点、幹事長に就任した西村ちなみ議員が「言うべきことは言う」と述べたことや、そう言える人を幹事長に就任させた泉健太代表には好感を持ちました。

日常の政治を伝える

安藤政治メディアを読み解くポイントはありますか?

尾中私が言うと本業を否定してしまうようですが、メディアを通す前の一次情報に触れることも大切だと思います。国会中継を見たり、議事録を読んだりして、その上で、メディアがどのように報じているのかを知るとより深く理解できるようになるのではないでしょうか。

安藤政治参画を促すためにどのような取り組みが必要でしょうか。

尾中新聞社時代から、「政治部を運動部化したい」と言い続けてきました。運動部は、試合の結果や中身をメインに伝えます。シーズンオフの動向はあくまでもサブ的要素です。

同じように政治部も、国会の動向をメインに伝えるべきだと思います。予算委員会だけではなく、常任の委員会で国会議員がどういう質問をしているのか。政府がどう答弁しているのか。そうした日常の政治の姿をメインに伝えるべきだと考えています。党内の派閥争いなどはあくまでサブ的要素です。

「推し」の議員を作る

尾中ツイッターでは「国会クラスタ」と呼ばれる人たちがいて、国会中継を熱心に見て、「推し」の議員を一生懸命応援したりしています。

その意味で、情報労連の組織内議員である吉川さおり議員や、石橋みちひろ議員などはとても人気があります。組合員の皆さんにもぜひ知ってもらうといいのではないでしょうか。

労働組合の推薦候補というだけではなく、その人の魅力をきちんと伝えていく。労働組合の外の人にも、この人を応援したいという気持ちになってもらう。そういう活動をしていけば、組織票を固めるのとは違う地平も見えてくるのではないでしょうか。その意味では、情報労連は好感度の高い議員を輩出していると思います。労働組合の中だけではなく、組織の外にも議員の魅力を発信して、無党派層の支持を獲得するような議員になってほしいと思います。

安藤組合員ではない一般の人たちと同じ感覚で接しなければ、組合員にも情報は伝わっていきません。組織の外に積極的に情報を発信することで、組合員にも情報が届くようになる。そうした取り組みにも力を入れていきたいと思います。本日はありがとうございました。

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