トピックス2022.05

ウクライナ侵攻と平和運動平和運動が果たせる役割とは?
諦めず声を届けよう

2022/05/13
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が起きてしまった中で、平和運動には何ができるだろうか。民主主義国の市民が平和を訴えることにどのような意義があるのだろうか。識者に聞いた。
五野井 郁夫 高千穂大学教授

情報が遮断されたロシア

ロシアのように民主主義が形骸化してしまい、権威主義体制が進行した国では、平和運動が戦争や紛争の歯止めになるのは困難です。そのような国では、民衆が声を上げることすら難しいからです。

ロシア国内でも平和運動を勇敢に展開している人たちはいます。戦争の開始を止めることは難しいかもしれませんが、始まった戦争を止める力になる可能性はあります。

ただ、ロシア国内では今、厳しい言論統制が敷かれています。民衆は、戦争反対と言っただけで逮捕・勾留されるような弾圧にさらされています。また、政府によるプロパガンダも強化されています。それは、オーウェルのディストピア小説『1984』さながらの世界であり、ロシア軍による非人道的兵器の使用や民間人の虐殺も、ロシア国内では他国のせいだということにされてしまっています。

さらに、ロシア国内ではインターネットの情報も遮断されています。「スプリンターネット」(破片を意味するスプリンター(splinter)という英語とインターネットを組み合わせた造語)という表現がありますが、ロシアの現状はそれに当てはまります。ロシア国内の市民は、情報が遮断され、正しい情報が手に入らない中にいます。その中で「Z」という文字が侵攻を支持する象徴として使われるようなことも起きています。政府にとって都合の良い情報しか流通せず、民衆がそれを信じて集団極化していく傾向は非常に危険です。

それでも声を届ける

一方、民主主義が形骸化していない国では、平和運動は戦争や紛争の歯止めになり得ます。そうした国外の平和運動の声がロシア国内に届くかというと難しさはありますが、それでも情報の遮断をかいくぐって、国外の情報にVPN接続等でアクセスできる人たちは一定数います。真実を伝えることで、それを知った人たちが反戦運動を展開し、戦争を止める力になる可能性はあります。厳しい現状があることは認めつつも、それでも戦争の現実を伝えることが戦争に対する熱狂に冷や水を浴びせることになります。諦めずに声を上げ続けることが大切です。

現状を踏まえると、選挙を通じた合法的な枠組みでのロシアの体制転換は困難です。その中では、プーチン大統領の態度を変えさせる方が停戦への現実的な方策と言えるでしょう。そのためにもロシア国内で厭戦感を高めるために、国外から圧力をかけ続けることは必要です。

ロシア軍の侵攻から1カ月後の3月23日、ウクライナのゼレンスキー大統領は、フェイスブックを通じて全世界に平和運動の大切さを訴えかけました。

そこでは、「オフィスから、自宅から、学校や大学から出て立ち上がってほしい」「自由を支持することは、命を支持することだ。広場へ出掛け、街頭に出て、あなたの姿を見せ、声を聞かせてほしい」と訴えました。

こうして世界の民衆がロシアを支持しないという意思を表明し、国際世論におけるロシアへの包囲網を形成することはとても大切です。とりわけ、各国首脳・官僚がそれをするだけではなく、世界中の市民が反戦の意思を示すことが重要です。一人ひとりの声は小さいかもしれませんが、それが大きな力になり、ついには各国政府を動かすからです。

平和運動と人権

市民による反戦・平和運動は、国際社会における人権の規範化を具現化する大きな力になってきました。

第一次世界大戦後に戦争が違法化され、第二次世界大戦後には武力行使も違法化されました。1948年には世界人権宣言が採択され、その後も人権保障のための条約などが数多く採択されてきました。非人道的な兵器を禁止する条約もそうした流れの中にあります。近年では、戦時性暴力が住民を支配する武器として使われていることが問題視されています。

こうした人権の規範化の原動力となったのが、市民運動、平和運動でした。

人権の大切さは、どの国も訴えるようになり、人権尊重の必要性は当たり前のように考えられるようになりました。しかし、それが当たり前になっていく過程で先人たちのさまざまな運動があったことを忘れてはいけません。

SNSの力

ベトナム戦争時には反戦・平和運動が戦争を止める大きな力になりました。テレビや新聞、雑誌などのメディアは、人々を動かす力の一つになりました。

現在では、インターネットやSNSが発展し、さまざまな情報が瞬時に世界中に拡散します。SNS上では多くの人たちが、戦争を早く終わらせるためにさまざまなアクションを起こしています。デモや抗議活動の様子をSNSにアップしたり、アイコンをウクライナ国旗の色に変えたり、ハッシュタグをつけて投稿したりする活動が盛んに行われています。

「ハッシュタグ・アクティビズム」をはじめとした、こうした活動も平和運動の一つです。路上に出て抗議活動をするより多くの人が参加できるハードルの低い平和運動だと言えるでしょう。

こうしたミクロな力が積み重なり、国際的な世論を形成し、各国政府の首脳を動かす力になっています。

日本の立ち位置とは?

3月5日には新宿で『No War 0305』というイベントが開催され、1万人以上の若者たちが集まりました。

ただ、こうした抗議活動に集まる人の数は、欧米に比べると少ないのは確かです。日本の社会運動は、東日本大震災後の脱原発デモや安保法制反対運動などを通じて2010年代に活発化してきました。2020年代にはこれらを発展させ運動に参加したい人が情報を共有できる市民運動・平和運動のプラットフォームをきちんと作っていく必要があります。現状では、どこでデモが行われているのかという情報も広く共有できていません。運動に参加したい層とつながれないことは、とてももったいないと思います。

とはいえ、『No War 0305』のようなイベントがたったの5日間の準備のみで開かれるということは、日本には選挙のとき以外にも意思表示ができる直接民主主義の回路が残っているということです。日本は権威主義の国ではなく民主主義の国である。これはとても大切なことです。

ウクライナで起きていることは、自由民主主義を守る国とそれを壊そうとする権威主義・非民主主義体制との戦いです。民主主義社会をみんなで声を上げて守ろうとする意識を持つことが大切です。

日本がめざすべき方向性は、あの国に攻め込むのは世界的に許されない、という形の文化的な力を高めていくことです。世界の中で、そういう文化国家としてのポジションを再構築することが重要です。

したがって、日本は間違っても軍事力を増強すべきではありません。軍事力を増強すれば、それは相手に日本を攻撃する理由を与えることにつながります。「核シェアリング」も同じです。新たな安全保障上の問題を抱えるだけです。

日本は、1人の政治家に権力が集中する権威主義の体制ではなく、法の支配に基づく民主主義国家です。それは日本がどのように行動するのかに関する他国の予測可能性を高めることを通じて、侵略される理屈を相手国に提供せず、軍拡が他国に脅威を与えることで生じる安全保障のジレンマを発動させないことにつながります。

日本は、憲法が戦争を禁じていて、平和と反戦を訴える民主主義がある国です。そうした平和国家であることこそが、日本が戦争の危機に直面するリスクを回避する現実的な力につながるのです。

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