トピックス2022.06

ベルコ事件の法的争点を振り返る画期的だった
北海道労働委員会の救済命令
労働者性の対象拡大が今後の課題

2022/06/14
ベルコ事件は札幌高裁、中央労働委員会で和解したことで、法的紛争に区切りがついた。この間の法的紛争の争点をどのように読み解くべきか。残った課題は何か。識者に聞いた。
橋本 陽子 学習院大学教授

ベルコのビジネスモデル

冠婚葬祭業を営むベルコは、自社では労働者をほとんど雇用しないビジネスモデルを展開してきました。

ベルコは、「支部長」と呼ばれる代理店主や、代理店を統括する「支社長」と呼ばれる人たちと業務委託契約を締結する一方、葬儀に実際に立ち会うFA(フューネラルアドバイザー)と呼ばれる人たちとは、雇用契約を直接締結せず、代理店と雇用契約を締結させていました。このようにベルコのビジネスモデルは、業務委託契約を多用し、FAと労働契約を直接締結しないところに特徴があります。

ベルコと似たようなモデルは他の業界にもあります。例えば、コンビニエンスストアは、フランチャイザー(本部)とオーナーがフランチャイズ契約を契約し、オーナーと店舗のスタッフが労働契約を締結しています。ベルコとコンビニ業界との違いは、コンビニのオーナーに比べて、ベルコの代理店主は事業者性が乏しい点にあります。

札幌地裁の争点

ベルコ事件は、労働組合の結成をきっかけに解雇されたFAの復職が争われた事件です。

札幌地裁では、(1)代理店主の労働者性(商業使用人性)、(2)FAに対するベルコの使用者性──が主な争点になりました。

(1)の争点では、FAを雇用する代理店主が労働者であれば、FAもベルコに雇用される労働者ということになります。そこで労働組合側は、代理店主は「商業使用人」であるという論点を立てました。「商業使用人」は、商法に規定された概念ですが、労働者性をより広く認めるために持ち出したものであり、要は代理店主が労働者であることを訴えるためのものでした。

労働組合側は裁判の中で、代理店主に事業者性がないことを示すため、ベルコが「異動」と称して代理店主を店舗間で入れ替えたり、ベルコが代理店主の報酬額を決めていたりする実態などを示しました。裁判所は、事実認定において、これらの事実が存在することについては認めています。

(2)の争点では、ベルコの使用者性を示すために、ベルコがFAのタイムカードを管理していた実態や、GPS付き携帯電話をFAに渡していたこと、FAの報酬をベルコが直接支払っていたことなどを労働組合側が示しました。裁判所はこれらの事実についても事実認定において認めています。

札幌地裁は、(1)と(2)ともに、労働者側の訴えを認めませんでした。(1)については、代理店主がベルコから相当程度拘束されている事実を認めつつも、労務の遂行方法や時間や場所について一定の裁量があるとして労働者ではないと判断しました。例えば、代理店主には朝礼の実施が指示されていましたが、朝礼を行う時間帯は決まっていないため、時間的拘束性はないとされました。

(2)のベルコの使用者性も裁判所は認めませんでした。判決では、葬儀施行などを除けばFAへの指揮命令は代理店主が行っているとしました。

札幌地裁の判決は、ベルコが代理店主を拘束していた部分を無視し、働く時間や場所に一定の裁量があるため、代理店主は労働者ではなく、かつFAに対しては使用者であったことを認めたものでした。

ベルコ事件の経緯

画期的な北海道労働委員会命令

これに対して、北海道労働委員会は、ベルコの使用者性を認め、組合員2人の復職とバックペイの支払い、ベルコ労組との誠実団体交渉などを命じました。

札幌地裁と北海道労働委員会は、ベルコがFAのタイムカードを管理していた点や、GPS付き携帯電話を渡していたことなど、同じ事実認定をしていた点がいくつもありました。しかし、その事実に対する評価が違っていたといえます。

労働者概念は、ドイツでは不確定の法概念だとされており、裁判官によって評価が異なる概念だと捉えられています。日本でも、権利濫用や信義則、合理性などがそうした概念だと捉えられていますが、実は、労働者性や使用者性も、日本では、より具体的な概念だと解されていますが、実際には、評価の余地の大きい概念だと捉えています。

日本の裁判所では、上級審に行くほど、労働基準法や労働契約法のような個別的労働法で労働者性や使用者性が認められづらくなっています。

一方、労働組合法=集団的労働法の労働者性や使用者性は、個別的労働法より認められやすくなっています。

有名な朝日放送事件で最高裁は、元請企業に対し下請企業の労働組合との団体交渉に応じるよう命じました。この中で最高裁は、「雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にある場合には、その限りにおいて、右事業主は同条の『使用者』に当たるものと解するのが相当である」としました(最判平7・2・28民集49巻2号559頁)。

この先例があったため、北海道労働委員会は、ベルコの使用者性を認めやすい状況にあったと考えられます。すなわち、北海道労働委員会は、朝日放送事件の枠組みに基づき、ベルコがFAの「雇用問題」について、「現実的かつ具体的に支配、決定をしてきた」と述べています。

朝日放送事件では、勤務割や休憩室の利用にかかわる就労にかかわる諸条件についてのみ元請企業の使用者性を認めた一方、一時金の要求などについては認めませんでした。これに対して、北海道労働委員会は、ベルコの使用者性を認めた上で、FAの復職を命じ、団体交渉の義務も認めました。画期的な命令であったといえます。

ベルコ事件は、代理店主の事業者性が乏しいこと、ベルコによるFAへの指揮命令が広い範囲に及んでいたことなどが、朝日放送事件より踏み込んだ判断につながったものと考えられます。

今後の課題

ベルコ事件は札幌高裁と中央労働委員会で和解が成立しました。和解はあくまでも個別ケースにしか当てはまらないため、今後、類似事件が生じた場合、北海道労働委員会の判断が参照されることになるでしょう。一方、裁判例としては、札幌地裁の判決が残りました。個別的労働法上で労働者性や使用者性を認めさせるのは難しいという課題が残りました。

プラットフォームビジネスが広がる中、個別的労働法上の労働者性を広く認めていく必要があると考えています。EUでは、昨年12月に労働者性を広く推定させる指令案が出されました。EUの指令案では、例えば、マニュアルや作業手順が定められていたり、労働に対する評価が行われていたりすることが、指揮命令への拘束の推定基準になっています。

この流れからすれば、日本は遅れているというより逆行しています。日本では、フリーランス向けのガイドラインにおいて、下請法や独占禁止法の優越的地位の濫用でフリーランスと発注者との間の契約関係を規制しようとしています。

私は、労働基準法上の労働者の概念を少なくとも、労働組合法上の労働者にまで広げて解釈する必要があると考えています。現在の個別的労働法の労働者性の判断は、時間的・場所的拘束性などをとても狭く捉えています。例えば、タイムカードで管理されていなくても、仕事を受けた結果、相当程度拘束されていることが明らかであれば、労働者と判断できるようにすべきです。

新しい働き方が広がる中で、日本でも、EUのような労働者性の推定規定の導入など、労働者性の範囲を広げる議論を早急に検討すべきだと思います。

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