トピックス2022.06

ダイバーシティ推進月間──(1)EUで進む「男女同一賃金」指令案
日本の対応は十分か?

2022/06/14
EUでは昨年3月、男女同一賃金をめざす「賃金透明性指令案」が提案された。性中立的な賃金をめざし、情報開示や是正措置を企業に求める内容だ。一方、日本でも男女間賃金格差の開示を進める動きがあるが、格差是正に十分なのだろうか。
神尾 真知子 日本大学 特任教授

「指令案」の背景

ヨーロッパでは、1957年に「ローマ条約」が締結された際、男女同一賃金の原則が盛り込まれました。原則が導入されたのは、EUの前身となる欧州経済共同体がそれを設立するにあたり、性差別的な賃金制度がある加盟国との間で不公正な競争が生まれないようにするという経済的な思惑からでした。

EUではその後、男女同一賃金を求める動きが強まります。背景には、男女間賃金格差が、女性の人生に長期的な負の影響を及ぼすという認識がありました。賃金が低いことで女性の貧困リスクが高まること。併せて、賃金が年金額に反映され、格差が老後にまで及ぶことが問題視されました。

2006年には、「雇用及び職業における男女の機会均等及び均等待遇の原則の実施に関する指令」が制定され、規制が強化されます。

そして、2014年には「賃金透明化を通じた男女同一賃金原則を強化する委員会勧告」が出されました。しかし、このような法的枠組みにもかかわらず、実施状況の検証が行われると、男女間賃金に14%の差があり、取り組みが進んでいない現状が明らかになりました。

欧州議会、EU理事会、欧州委員会は共同して2017年、「欧州社会権の柱」を採択します。男女平等はこの中でも優先すべき項目の一つになりました。

こうした中でEUは昨年3月、「賃金透明性と施行機構を通じた男女同一価値労働原則の適用強化に関する指令案」(賃金透明性指令案)を提案しました。

各国で進む取り組み

EUの「賃金透明性指令案」が出される前から、各国では独自の法制化が進んできました。

イギリスは2020年にEUを脱退しましたが、2017年に「平等法」を施行しています。この法律では、従業員250人以上の企業に対して、▼給与額を時給換算した平均値による男女間格差データ、▼賞与を受け取った従業員の男女別比率──など、6つの項目の公表を義務付けました。是正命令に従わない場合、有罪になれば罰金が科されます。

また、ドイツは2017年に「賃金透明化法」を施行し、従業員500人以上の企業に対して、男女間賃金平等を実現する措置についての報告書の作成を義務化しました。この法律には罰則はありません。

そしてフランスは2019年に「男女間の賃金格差是正に関する施行令」を施行しました。この施行令は、従業員50人以上の企業に対し、賃金格差の指数の公表を義務付けています。指数は、男女間の賃金格差の有無、昇給・昇進格差などを基準に算定されます。指数の総計が75ポイントに満たない企業は3年以内に格差を是正しなければならないとされており、それが実施できなければ、賃金総額の1%に相当する過料が科されます。

このように欧州では、「賃金透明性指令案」の前から独自の取り組みが進んできました。欧州では、企業横断的な職務給が一般的なので、同じ職務であれば男女問わず同じ賃金になります。一方で、フランスでは、女性の多い職種の賃金が低いことが問題視されています。例えば、コロナ禍では、ケア労働の処遇の低さが問題視されましたが、そうした仕事の評価が正しく行われていないことが、男女間賃金格差の要因として捉えられており、仕事の評価の見直しを求める動きがあります。

同時にフランスでも、企業内での人事評価の見直しや、女性の管理職比率の向上が進められており、仕事の評価と処遇のあり方の両面から取り組みを進めようとしています。

「賃金透明性指令案」の内容

EUの「賃金透明性指令案」ではまず、同一労働または同一価値労働を行う同じ企業の労働者の男女別の賃金水準を知る権利を定めています。格差の存在を知らなければ、それを是正することもできません。労働者の知る権利を定めることは、格差是正に向けた第一歩としてとても重要です。

また、指令案では、使用者に対して、労働の価値を評価するために性中立的で客観的な基準を設けるように求めています。

その上で、250人以上の企業に対して、(1)全男女労働者間の賃金格差(2)全男女労働者間の補足的または変動的部分(一時金など)における賃金格差(3)全男女労働者の賃金の中央値の格差(4)補足的または変動的部分(一時金など)を受け取っている男女労働者の比率(5)賃金四分位ごとにおける男女労働者の比率──などをホームページなどに公開することを義務付けています。

さらに、従業員250人以上の企業に対しては、いずれかのカテゴリで男女労働者の平均賃金水準の格差が5%以上あり、それが客観的かつ性中立的な要素で正当化できない場合は、労働者代表と協力して共同で賃金評価を行うよう求めています。

また、賃金格差の説明責任は使用者側が負うことも盛り込まれています。

このようにEUの「賃金透明性指令案」は、単に男女間賃金格差の情報開示を求めるだけではなく、労働者の知る権利や格差がある場合の是正措置まで定めていることに特徴があります。

日本の取り組みは?

一方、日本では、岸田首相が女性活躍推進法の省令を改正し、男女の賃金差の開示義務を設ける旨の発言をしました。発言のとおり、常時雇用する労働者301人以上の企業に男女間賃金格差の情報開示を義務化できれば、男女雇用平等の最終目標である男女間の賃金格差是正への取り組みの一歩といえます。

しかし、首相発言の段階では、義務付けられるのは情報開示だけで、男女間賃金格差を是正する取り組みは義務付けされていません。情報開示と男女間賃金格差の是正の取り組みの両方の義務付けがセットでなければ、現実に男女間賃金格差はなくならないと思います。

また、どのような男女間賃金格差の情報を開示するのかも問題です。企業の単体ベースで、男性の賃金水準に対する女性の比率、正規・非正規雇用で分けた数値の公表がなされると報道されていますが、すでに取り組みをしているイギリス、フランスなどを参考に、男女間賃金格差を生み出している性差別的構造を把握できるような賃金情報の公表が必要であると思います。EUで指令案が成立すれば、日本はさらに取り残されかねません。

日本の法律には、男女間の同一労働同一賃金を規定した条文がありません。労働基準法第4条は、性別を理由とした差別を禁止していますが、性中立的で客観的な指標で賃金を決めるよう求める規定ではありません。また、男女雇用機会均等法にも賃金に関する規定がありません。男女間賃金格差を是正するためには、均等法の中に、知る権利とともに男女平等の賃金規定や、格差がある場合の是正措置などを設けることが必要です。

女性の非正規雇用化と低賃金は、日本経済低迷の要因になっています。男女間賃金格差はこれまで、勤続年数の短さや役職者の少なさが要因として指摘されてきましたが、果たしてそれだけで説明できるものでしょうか。男女格差が依然として残っている背景には、女性差別があるのではないでしょうか。

労働組合は、これまで労使自治によって法律を上回る権利を獲得してきました。男女間賃金格差問題においても先進的な取り組みを期待しています。

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