トピックス2023.01-02

「平和」をテーマに語り合う日米同盟に潜むリスク外交の選択肢を増やし、
米中対立を緩和する役割の発揮を

2023/01/18
2022年、ロシアのウクライナ侵攻が世界に衝撃を与えた。北朝鮮のミサイル発射や台湾情勢など日本を取り巻く安全保障環境が変化する中、日本政府は防衛力の増強に動いている。「平和」は、2023年も大きなテーマだ。日本の安全保障のリスクや進むべき道などについて安藤委員長がジャーナリストの布施祐仁氏と語り合った。
安藤 京一 情報労連
中央執行委員長 布施 祐仁(ふせ ゆうじん) ジャーナリスト。著書に『日米同盟・最後のリスク なぜ米軍のミサイルが日本に配備されるのか』など多数。2012年『ルポ イチエフ 福島第一原発レベル7の現場』で平和・協同ジャーナリスト基金賞大賞、日本ジャーナリスト会議によるJCJ賞、2018年、三浦英之との共著『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』で石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞を受賞。

政府の議論は大ざっぱ

安藤2022年で最も衝撃を受けた出来事は、ロシアのウクライナ侵攻でした。日本政府は北朝鮮、台湾の情勢などを背景に、「安全保障3文書」の改定を進めています。こうした動きをみれば、2023年も「平和」は大きなテーマになるはずです。「平和」を対談のテーマに選んだのはそのためです。

まず、ウクライナ情勢をどのように捉えていますか。

布施ウクライナ東部では2014年から紛争が始まり、翌年に「ミンスク合意」が締結されたものの、戦闘が断続的に続き、緊張が高まっていました。

こうした中、ロシアは2022年2月にウクライナへの全面侵攻を始めました。他国の領土を武力で侵略することは明確な国連憲章違反であり、国際法違反です。ロシアの行いは、第二次世界大戦以降の国際秩序を崩壊させかねない行為であり、厳しく非難されるべきです。

安藤兵器の最新化が進み、ウクライナでは核兵器が使用されるリスクも高まっています。

布施おっしゃる通りです。グテーレス国連事務総長も、1962年のキューバ危機以降、核戦争の危機が最も高まっていると訴えました。核兵器の小型化が進み、核兵器使用のハードルが下がっています。

安藤安全保障環境の変化を受けて、日本政府は、防衛力の強化を訴え、国民もそれを一定程度支持しています。どう受け止めていますか。

布施政府の説明はあまりに大ざっぱだと感じています。確かに、ロシアのウクライナ侵攻や北朝鮮の相次ぐミサイル発射、台湾を巡る緊張の高まりなど、日本を取り巻く安全保障環境は厳しさを増しています。

しかし、戦争や紛争は、自然災害のようにある日突然起きるのではありません。それらが起きるにはいくつもの要因があります。その要因は、ウクライナと北朝鮮、台湾で異なります。それらの要因を分析し、一つずつ問題を取り除くことが戦争の予防につながります。それがリアルな安全保障政策です。

けれども、日本政府はそうした議論をしていません。例えば、ロシアがウクライナに侵攻したからといって、中国が同じように台湾を侵攻するわけではありません。課題の一つひとつについて緊張を高める要因を分析しなければいけないのに、政府は問題を一緒くたにして説明しています。安全保障環境が厳しさを増しているから、軍備を増強すれば、抑止力が高まり、平和になるというのは、あまりに大ざっぱな議論です。

かつてなく進む日米の一体化

安藤本質的な議論ができないのは、日本がアメリカの世界戦略に追従しているからということもあるのでしょうか。

布施戦後の日本は、アメリカの世界戦略に組み込まれる形で、「世界最強の軍事力を持つアメリカについていけば安全」という路線を歩んできました。現在の「安全保障関連3文書」の改定もそうです。改定の内容は、防衛費の大幅な増額や敵基地攻撃能力の保有など、日本の防衛政策を大転換するものですが、これらはアメリカの世界戦略に組み込まれています。

安藤どういうことでしょうか。

布施日米両政府は2022年1月、日米安全保障協議委員会(「2+2」)で、「国力のあらゆる手段、領域、あらゆる状況の事態を横断して、いまだかつてなく統合された形で対応するため、戦略を完全に整合させ」ることで合意しました。日米の一体化は、かつてなく進んでいます。

アメリカは、中国を自国の国際的地位(覇権)を脅かす可能性がある「唯一の競争相手」だと認識しています。そのため、すべての分野で中国への優位性を維持しようとしています。その筆頭が軍事力です。

しかし、アメリカ単独で対抗するのは難しいので、アメリカは同盟国の力を借りて中国に対する優位性を確保しようとしています。日本は、この戦略に全面的に協力しようとしているのです。

例えば、敵基地攻撃能力も日米が一体となった計画の一部です。日本はこれまで、他国に脅威を与えるような軍事大国にならないことを防衛の基本方針にしてきました。外国領土を攻撃する能力を保有することは、その基本方針の放棄を意味します。それでも岸田政権は敵基地攻撃能力を保有しようとしています。

背景には、アメリカのミサイル開発計画があります。アメリカは中国が優位に立っているといわれるミサイル戦力に対抗するため、新型の中距離ミサイルの開発を進めており、2023年以降、そのミサイルをアジアに配備する計画を発表しています。このミサイルは、日本への配備が有力視されています。つまり、岸田政権が進める大規模なミサイル開発計画は、アメリカと一体となって進めようとしているのです。

アメリカが中国との競争でもう一つ重視しているのが、情報通信や宇宙・サイバー分野の技術開発です。それらは膨大な費用がかかるため、アメリカは同盟国の協力を得ようとしています。日本の防衛費の大幅な増額もこの流れに沿ったものです。防衛費の増額は、アメリカの世界戦略に協力するために使われると考えるべきです。

防衛費の増額が拙速に進められようとしている(写真:Josiah/PIXTA)

リアリティーを欠く抑止力

安藤2015年の安保法制は日本の安全保障政策の大転換でした。これにより日本はアメリカの世界戦略にいっそう深く組み込まれました。さらに「安全保障関連3文書」の改定で敵基地攻撃能力を保有するようになれば歯止めが利かなくなってしまいます。

布施おっしゃる通りです。そして、そこには大きなリスクがあります。日本がアメリカの戦争に巻き込まれるというリスクです。

そもそも、北朝鮮や中国がいきなり日本をミサイルで撃ってくるような事態を本気で想定している安全保障の専門家はほとんどいないと思います。

リスクは別のところにあります。私も含めて大半の専門家が想定しているのは、日本周辺で有事が起き、アメリカが軍事介入した結果、日本が攻撃されるというシナリオです。日本周辺の有事にアメリカが介入すると、在日米軍基地が使われます。すると在日米軍基地が標的になり、日本が戦争に巻き込まれます。

こうした前提を踏まえれば、日本がミサイルを撃たれる状況とは、アメリカが他国とすでに戦争している状態になります。つまり、核兵器も含めて世界最強の軍事力を持つアメリカをもってしても戦争を抑止できない状態なのです。この状況で、日本が通常弾頭の巡航ミサイルをいくらか持ったとしても抑止力にはなりません。

敵基地攻撃能力保有の本当の目的は、日本への攻撃を抑止することではなく、戦争に突入したアメリカを攻撃面でもサポートすることです。こうした本質が語られないまま、ミサイルを増強すれば抑止力が高まるという議論は、リアリティーを欠いていると思います。

日米同盟に潜むリスク

安藤とはいえ、日米の安保体制をなくすことにはなりません。

布施日米同盟にはメリットもありますが、リスクもあります。そのリスクにも目を向ける必要があるということです。

これまで日本は日米安保体制の中で、アメリカについていけば平和が守られると考えられてきました。しかし、その常識が通用しない状況になっています。むしろ、日米の軍事的一体化がかつてなく進む中で、現在は日米同盟があるがゆえに日本が戦争に巻き込まれるリスクが高まっています。そのリスクに目を向けないといけません。著書の『日米同盟・最後のリスク──なぜ米軍のミサイルが日本に配備されるのか』ではそのことを強調しました。

安藤そうした危機感は社会にあまり共有されていないと感じています。とても怖い局面にありますね。

布施日本の問題は、日米同盟以外の選択肢がないことです。選択肢がないと、「アメリカについていくしかない」ということになります。

特に近年は、日本の安全保障政策が日米同盟による抑止力一辺倒になり、周辺国との外交によって戦争を予防するという努力がおろそかにされてきました。戦争を防ぐのは、抑止力だけではありません。予防外交のように戦争を未然に防ぐための外交が極めて重要です。

日米同盟以外の選択肢を

安藤アメリカの同盟国である韓国やフィリピンは、どうしているのですか。

布施フィリピンはもともとアメリカの植民地でしたが、今は日本より主権国家同士の対等な関係をアメリカと築いています。それができるのは、安全保障をアメリカとの同盟関係だけに頼るのではなく、東南アジア諸国連合(ASEAN)による安全保障というもう一つの柱を持っているからです。

これがあるから、ただアメリカについていくのではなく、自主的な外交を展開したり、時にはアメリカに厳しいことも言えるのです。例えば、フィリピンはアメリカに地位協定の破棄を通告し、それを材料にアメリカと交渉したこともあります。

独立国の政府の最大の責任は、自国の国土を戦場にしないことだと思います。

2012年に中国がフィリピンの実効支配する南シナ海のスカボロー礁に上陸した際、アメリカは軍艦を派遣して威嚇行動に出ました。これに対し、フィリピンの国防大臣が抗議しました。国防大臣が訴えたのは次のようなことでした。「アメリカが軍艦を派遣したことで軍事的な緊張がかえって高まる。偶発的な衝突が起きたら戦場になるのはアメリカではなく、フィリピンである。私が心配しているのはアメリカがいざというとき守ってくれるかどうかではなく、望まない戦争に巻き込まれることであり、アメリカが中国に対する軍事的示威行動をやめないのであれば、同盟関係を見直さざるを得ない」と訴えたのです。

国防大臣の発言は、自国の国土を戦場にしないという観点から独立国の政治家として当然の発言でした。問題は、日本の政治家にこれができるかどうかです。

韓国も、日本のように、ただアメリカについていけばいいという姿勢ではありません。特に中国に対しては、朝鮮半島の非核化や恒久的な平和体制の構築に中国の協力が欠かせませんから、ことさらに対抗する姿勢はとっていません。

「大国主義」の危険性

安藤与党の中にもかつて戦争を体験した議員がいて、そうした議員が憲法改正や防衛力巨大化の歯止めになってきました。彼らがいなくなったことも影響しているのかもしれません。

布施戦争の惨禍を二度と繰り返さないというのが、戦後日本の原点でした。戦争体験のある自民党の政治家が、憲法を盾にアメリカの要求をかわすこともありました。

また、1970年代の田中角栄政権時にはアメリカに先駆けて中国との国交を樹立したり、2000年代に入っても小泉純一郎首相が北朝鮮と首脳会談を行ったり、アメリカについていくだけではない独自のアジア外交も展開していました。

2010年代の安倍政権以降、そうした動きはほとんどなくなりました。いまや日米同盟一辺倒になり、東アジアを軸にした外交政策が停滞しています。

安藤中国との関係をどう見ていますか?

布施日本では中国は軍事的な脅威として見られつつありますが、中国は決してアメリカや日本との戦争は望んでいないと見ています。中国は、国の発展のためには世界の国々との交易が必要であり、戦争はそれを阻害するものというスタンスを変えていません。一方、アメリカも同じ理由から中国との戦争は決して望んでいないでしょう。

ただ、気を付けなければならないのは、「大国主義」です。ロシアのウクライナ侵攻をみて、「大国主義」が平和を脅かす要素だと強く感じました。ウクライナはロシアの勢力圏の中にいなければならない、ヨーロッパの方に行くのは許さないというロシアの「大国主義」が侵略の大きな要因であったと私は見ています。

米中は互いに戦争は望んでいませんが、「超大国」であることを誇示するために相手を上回る軍事力を持とうとしています。その結果、際限のない軍拡競争に陥り、緊張の高まりの中で偶発的な衝突から戦争に発展するというのが最も危険なシナリオだと思います。

日本に求められる役割

安藤日本に求められる役割とは何でしょうか。

布施米中の覇権争いを戦争にさせないことです。例えば、気候変動や食糧危機のような人類共通の課題について対話のテーブルを設け、戦争を予防するような外交を展開するなど、米中の間に入って緊張を緩和することが求められます。

ASEANは、米中の対立緩和を明確に意識しています。2019年には、米中の関係を競争から対話と協力の関係に変えていくためにASEANが誠実な仲介役を果たすという外交方針を採択しています。

日本は戦後、ASEAN各国との信頼関係を構築してきました。日本がASEANと力を合わせて米中戦争を予防するような外交を展開する。これが日本の進むべき道であり、日本の平和を守るだけでなく、アジアと世界の安全保障に日本が貢献する方法だと考えています。日本にはそのポテンシャルがあるし、それができるポジションにいると思います。

平和のためにできること

安藤世界はウクライナ侵攻を止めることができませんでした。戦争を起こさせないために何が必要になるでしょうか。

布施世界は、第一次世界大戦後に集団安全保障という考え方をつくりました。戦前、各国が軍事ブロックをつくって対抗していった結果、軍事ブロック同士の戦争が始まり世界戦争に至ってしまったからです。そのため、国連という国際機関をつくり、世界中の国が協力して戦争予防や戦争発生後の平和回復を行う集団安全保障の体制を構築しました。

ところが、今回のロシアのウクライナ侵攻のように国連安全保障理事会の常任理事国が戦争を起こした場合、この体制が機能しないという問題が改めて浮き彫りになりました。こういうケースでも集団安全保障が機能するように、国連の体制を見直す必要もあります。

安藤私たち市民や労働組合には何ができるでしょうか。

布施戦後77年間、戦争がなかった日本では、平和はもはや空気のような存在になっています。当たり前過ぎて、改めて平和について考えたり、みんなで話し合ったりする機会は意外にありません。だからこそ、職場という日常の場で、労働組合が平和や安全保障について考える場を提供することはとても重要だと思います。

作家の半藤一利さんは生前、「平和の中に潜んでいる戦争の芽を一つずつ摘んでいくことが、平和を守るために非常に重要」だと強調していました。そのことを学んだり、議論したりするためにも、労働組合がさまざまな機会を提供してほしいと思います。

安藤情報労連は平和運動に積極的に取り組んできました。沖縄や広島、長崎、北海道で独自の平和行動を展開していますが、参加した若い組合員の方からも非常に勉強になったという声も聞こえてきます。平和が脅かされそうになっている今こそ、過去の戦禍や現代の戦争のリスクを学んだり、議論したりする場が重要だと改めて認識しました。本日はありがとうございました。

(11月25日実施)

対談を終えて記念撮影
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