トピックス2023.05

気候変動対策の課題を知る科学的な意思決定ができていない
日本のエネルギー転換政策の問題点

2023/05/15
政府は「GX実現に向けた基本方針」を決定したが、日本のエネルギー転換の取り組みのどこに課題があるのか。意思決定のあり方そのものに問題があるのではないか。世界から取り残されかねない現状を聞いた。
安田 陽 京都大学大学院経済学研究科
特任教授

イノベーションのジレンマ

あえて率直に申し上げると、労働組合が保守化し、エネルギー転換やイノベーションの足を引っ張っている可能性があります。そのことをぜひ自覚してほしいと思います。

イノベーションには二つの種類があります。既存の製品やサービスを少しずつ改善しながら変えていく「持続的革新」と、従来の延長にないまったく新しい技術変革である「破壊的革新」です。

前者を好む人たちは、後者のような既存システムを大きく変えるイノベーションを否定しがちです。日本の労働組合の皆さんもその傾向がないでしょうか。皆さんは前者に取り組んでいるといいます。しかし、それでは気候変動対策やエネルギー転換に追いつけないのです。

1997年にハーバード大学のクリステンセン教授が、『イノベーションのジレンマ』という本を出版しました。この本は、イノベーションを進めているはず優良企業が、破壊的なイノベーションを軽視しやがて敗北していく過程を実証的に明らかにしました。当時勝者となったのは日本企業でしたが、今の日本企業は20年前の敗者をまさに地で行っているように見えます。世界がエネルギー転換でラディカルに変化する中で、日本はその飛躍的な進歩に追い付けていません。それどころか、その変化を軽視するようなことを多くの人も平気で言っています。労働組合もそうなってないでしょうか。私は、その点を非常に懸念しています。

20年遅れの知識

破壊的イノベーションをもたらす技術は、登場当初は脅威と受け取られず、既存技術を扱う企業や技術者から軽く扱われます。再生可能エネルギーや電気自動車(EV)も当初はそうでした。エネルギー供給が不安定とか、航続距離が短いとか、そう言われてきました。

しかし、これらの技術はものすごい勢いで進化しています。再生可能エネルギー100%は実現不可能な話ではありません。各国が本気で研究を重ね、技術的にはすでに可能であり、それをいつまでに安く実現させるかのフェーズに入っています。これらの議論が机上の空論のように感じるのは、知識が20年前で止まっているからです。

日本がこれまで開発した技術の改善で乗り切れると考える人もいるかもしれません。ただ、そこで考えてほしいのは、これまで完璧だと思われていた技術も決して最適解に至っていないという点です。例えば、ガソリン車や火力発電は化石燃料を燃やすことで公害や気候変動の要因になります。しかし、その対策費用は自動車会社や電力会社がすべて負担しているわけではなく、第三者、特に社会的弱者にしわ寄せが行きます。これは、経済学では「外部不経済」と言われます。この視点が抜け落ちています。

既存の技術にしがみついていると足元をすくわれます。これまでほぼ完成したと思われていた技術やシステムでも一気に凋落することもあるのです。

非科学的な意思決定

日本の気候変動対策の最も重要な問題は、意思決定の方法が科学的ではないことです。世界では今、数値解析を用いた予測とそれに基づく意思決定が当たり前になっています。つまり、何かに取り組むに当たって何をどういう順番で行うのか数値解析を行い、それに基づいた意思決定を行うということです。

例えば、国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が今年3月に公表した第6次統合報告書に掲載されたグラフを見てください(グラフ)。2030年までに二酸化炭素を削減できる量とそれにかかる費用が各種論文からまとめられています。これを見ると太陽光や風力発電が、安価でより多くの二酸化炭素を削減できることがわかります。IPCCをはじめ国際エネルギー機関(IEA)など、エネルギー分野ではこうした定量分析が不可欠です。

科学的な意思決定の方法とは、こうした科学的な定量分析に基づいた意思決定のことを指します。物事を「好き・嫌い」で決めるのではなく、数字に基づいて決めるのです。反論するにしても、コンピューターシミュレーションに基づいた説明が求められます。そのため、各国政府や研究機関は、しのぎを削ってシミュレーション合戦をしています。

にもかかわらず、日本は相変わらず「昭和型の予算分捕り合戦」を続けており、同じ土俵に立っていません。いわばルールのない意思決定です。例えば、日本政府は、石炭火力発電にアンモニアを混ぜて燃焼させる「ゼロエミッション火力」や、二酸化炭素回収・貯留(CCS)技術に多額の補助金を出しています。しかし、先ほどのグラフを見れば費用対効果が低いことがわかります。私はこうした技術の開発に反対しているわけではありません。技術そのものは開発すればいいと思いますが、それらに政府の補助金をつける正当性があるのかと疑問を呈しています。そして最大の問題は、これらの補助金の配分が、どのように決まったのかわからないということです。

このように日本のエネルギー政策は、意思決定の仕方そのものに大きな問題を抱えています。重要なのは、何を決めたかよりも、どう決めたかです。それがわからなければ反証可能性がありません。つまり、科学的ではないのです。

出所:IPCC第6次統合報告書

費用便益分析

こうした定量分析では、費用便益分析(CBA:cost-benefit analysis)が行われるのが一般的です。費用に対してどれくらいの便益がもたらされるのかを計算するに当たって重要なのは、社会全体にとって益のある「社会的便益」です。また、費用に関しても先ほどのガソリン車や火力発電の話のように隠れた外部コストがないかを含めることが大切です。欧米ではこうした手法が政府の政策決定に法律レベルで導入されるようになっていますが、日本の取り組みは遅れています。日本の国際的な発言力が落ちているのは、科学的な根拠に基づく発言ができなくなっているからかもしれません。

雇用を守るとは?

今の産業を守っていれば明るい未来が待っているわけではありません。例えば、同じ性能の製品であっても再生可能エネルギーを用いた製品でなければ、メーカーから買ってもらえなくなっています。従来型の産業を守るほど、大きなチャンスを日本全体で逃してしまうかもしれないのです。

労働組合は、エネルギー転換によって雇用が失われることを心配しています。しかし、労働組合にとって大切なのは、従来の産業を守るだけではなく、新しい産業で新しい雇用を生み出すことでもあるはずです。

原発があった場合とない場合の雇用数をマクロ経済モデルで分析すると、原発がない場合の方が将来的に雇用は増えるという研究もあります。これに反論するにしても、原発があった方が雇用が増えるということを定量分析で反証しないと、単に非科学的な文句を言っているだけに過ぎません。ガソリン車も同様です。

「公正な移行」とは、雇用を守るためにエネルギー転換自体を遅らせてもよいという意味ではありません。エネルギー転換をさらに加速させるために、そこからこぼれ落ちる人も救うことです。

これまでも新しい技術が登場するたびに、人々はそれを用いた仕事をするようになりました。自動車が登場した時、大量の御者(馬車などの運転手)が失業しましたが、自動車産業で雇用が増えました。労働組合には、労働者が新しい時代の波についていけるように教育訓練をしたり、生活の保障を支援したりすることこそが求められるのだと思います。

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