トピックス2023.08-09

政治の争点は
どこに?
「緊急事態条項」は必要なのか
知っておきたいリスクとは?

2023/08/16
「改憲勢力」が国会議員の3分の2を占めるようになったことで、憲法改正論議の動向に注目が集まっている。改憲の対象になりそうな「緊急事態条項」は、そもそも必要なのか。知っておきたいリスクとは?
石川 裕一郎 聖学院大学教授

緊急事態条項の内容

自民党は2018年、「改憲4項目」を示しました。(1)9条への自衛隊の明記、(2)緊急事態条項、(3)参議院の「合区」解消、(4)教育の充実──の四つです。

先の通常国会の憲法審査会で主に取り上げられたのが、(2)の「緊急事態条項」でした。なぜ、この項目なのでしょうか。突き詰めて言えば、その他の項目よりも取り掛かりやすいというのが実態ではないでしょうか。

「改憲4項目」の緊急事態条項の内容は、「緊急政令」と「議員任期の延長」の二つです。「緊急政令」は、異常かつ大規模な災害で国会による法律の制定を待つ時間がない場合に政府が法律と同じ効力を持つ政令を定められるようにすること。「議員任期の延長」は、異常かつ大規模な災害で国会議員の通常選挙の実施が困難である場合に任期の特例を定めるようにできることです。

必要性はあるのか?

法律もそうですが、憲法改正の必要が生じるのは、現在の条文では対応できないことがあるのが明らかな場合です。ところが現在議論されている「緊急政令」「議員任期の延長」は、どちらも想定する場面が生じる可能性が非常に低く、現在の条文でほぼ対応できるケースです。

そもそも大規模な災害で国会を開けなかったり、日本全国で選挙ができなかったりするという事態は、発生する可能性が非常に低く、ほとんど考えられません。

例えば、東日本大震災のように特定の地域だけ選挙の実施が難しくなることはありえます。しかし、その場合は公職選挙法に「繰延べ投票」という制度があります。また、選挙の実施自体を延期する場合でも、参議院の緊急集会が選挙期日を延長する措置を採ることができます。

国会が開けずに法律の制定が間に合わないという場合はどうでしょうか。これも現在の法律で対応できます。例えば、大規模な自然災害に対しては災害対策基本法で、新型コロナウイルスの感染拡大でも新型インフルエンザ等対策特別措置法の改正などで対応してきました。仮に現行法で対応できない場合が生じても、いきなり憲法改正に飛びつくのではなく、まずは法律改正を検討するのが法的な議論の筋です。これに関しては、「緊急事態で国会が開けない」どころか、コロナ禍の最中である2021年、菅政権は野党が求めた臨時国会の召集を拒否し続けたという事実を強調しておきます。

緊急事態条項のリスク

このように「緊急事態条項」が必要とされる場面はほとんどなく、現在の法律で対応できることがほとんどです。それでも「万一に備えて…」という声もあるかもしれません。それに対しては、「緊急事態条項」を憲法に書き込むことのリスクを強調しておきます。

「緊急政令」とは、立法権の一部を行政府に委ねること。「議員任期の延長」とは、主権者である国民の主権行使の大事な機会を延期することを意味します。いずれも主権者の立場を弱くし、為政者に対する憲法の縛りを緩くするものです。

こうしたリスクを冒してまで、天文学的な確率でしか起こらないケースのために、これらの条文を憲法に書き込む必要があるのでしょうか。私たちは冷静に、現実的に考える必要があります。

憲法改正には、国民投票などにかかわる費用などを含め800億円かかるという試算もあります。使われることがほとんどなく、法律でも対応できるような条文のためにそこまでの労力をかける必要があるのかも見極める必要があります。

憲法改正にあたっては、議論の仕方を整理する必要があると思います。つまり、社会において課題が生じているのなら、まずは法律改正を議論し、法律改正のハードルが憲法であるならば、憲法改正を議論し、その必要性を見極めていくということです。一足飛びに憲法改正を議論するのではなく、地に足の着いた議論を行うべきです。

トピックス
特集
巻頭言
常見陽平のはたらく道
ビストロパパレシピ
渋谷龍一のドラゴンノート
バックナンバー