常見陽平のはたらく道2023.10

仕事と介護の両立に
私たちはどう向き合うか

2023/10/12
誰もが仕事と介護を両立させる時代がやってきた。介護の体験を語り合うことが必要だ。

友人、おおたとしまさの新作『人生で大切なことは、ほぼほぼ子どもが教えてくれた。』(集英社文庫)を読んだ。過去の著作の文庫化なのだが、もうすぐ小学生になる娘の父親として考えさせられる本だった。文庫版のために書き下ろされたあとがきが、胸を打つものだった。家族の介護について触れられている。結婚直後に父親が54歳にしてくも膜下出血に倒れ、脳の損傷が大きく半身まひや高次脳機能障害などの重い後遺症が残った。母親は介護に追われ、がんとなった。気付いた時には末期。すぐに亡くなる。父親との暮らしが始まるが、食事に排せつとずっとケアが必要な状態が続き、疲弊する。さらには徘徊……。結局、3年半で同居生活は終了し、介護施設に入ってもらったという。

高校時代の恩師で、現在は作家として活動する澤田展人の『人生の成就』(中西出版)は安楽死が合法化された社会を描いたものだ。最高の快楽を味わって死ぬという安楽死プログラム、これが子にとっては親孝行で、親にとっては家族に迷惑をかけないものとして提案される。ディストピア小説だ。澤田の親の介護、さらには自身の大病経験が色濃く反映されている。

育児と介護は「家族のケア」ではあるものの、明確に異なる。育児は、子どもを生むというカップルの意思決定のあとにやってくるものだが、介護は誰にでもやってくる可能性がある。しかも、突然やってくることもある。対象も立派な大人だ。向き合うにも体力がいる。何より、大好きだったはずの親が衰え、言うことを聞いてくれない状態になっていくこともある。介護当事者は、ときに憎悪のような感情を抱くこともあるという。育児も介護も簡単に美談化できないことは皮肉な共通点である。

労働者と介護について考える。最近、猛反省したのが、仕事と介護の両立について考える際に、労働時間、休暇の観点に寄り過ぎていたことだった。介護をする当事者の肉体的な疲労、精神的なストレスについて十分に考えていなかった。もちろん、この疲労やストレスは測定も認識もしにくいものである。ただ、介護に取り組む人への想像力が必要だ。

想像力といえば、介護の実態についても私たちは深く知る必要がある。ケアが必要なのは親とは限らない。配偶者や子も対象になり得る。また、10代などがケアに取り組む、ヤングケアラーの問題も直視しなくてはならない。

政府は介護離職ゼロを掲げてきた。ただ、介護との両立のために仕事を辞めたり、働き方を変えざるを得ない人もいる。北海道の人材ビジネス企業とともに取り組んだ調査では、UIターンする人の理由は「東京で身に付けたスキルを地域に生かしたい」などという意識の高い話ではなく「介護のため」がトップだ。これが現実だ。

労働組合としては、まずは組合員の介護体験の共有から始めてはどうか。働く人の介護の事実、物語を共有し、会社や社会の対応がいかにズレているかを確認したい。そして、当事者視点での介護の論点を提言しよう。人にやさしい会社、社会へと変わるための大事な一歩だ。

仕事と介護を両立するにはケアをプロに頼まざるを得ない。介護職は残念ながら人材獲得が困難だ。関係者をリスペクトしつつ、待遇、労働条件を改善しなくてはならない。社会全体の問題だ。

常見 陽平 (つねみ ようへい) 千葉商科大学 准教授。働き方評論家。ProFuture株式会社 HR総研 客員研究員。ソーシャルメディアリスク研究所 客員研究員。『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)、『「就活」と日本社会』(NHKブックス)、『なぜ、残業はなくならないのか』 (祥伝社)など著書多数。
常見陽平のはたらく道
特集
トピックス
巻頭言
ビストロパパレシピ
渋谷龍一のドラゴンノート
バックナンバー