トピックス2024.01-02

暮らしを良くする政治へ利益誘導型政治でもなく
規制改革政治でもなく
働く人や生活者の立場を起点とした改革を

2024/01/17
国民生活は長年にわたる賃金の低迷や、近年の物価高に苦しめられている。少子高齢化や社会保障などの将来不安もある。こうした局面で政治に期待されることは何か。暮らしを良くするために政治には何が求められているのか。政治学者の中北浩爾教授と情報労連の安藤委員長が語り合った。
安藤 京一 情報労連
中央執行委員長
中北 浩爾 中央大学教授

不十分な岸田政権の対

安藤本日は「暮らしを良くする政治」というテーマでお話を伺いたいと思います。日本社会は長年にわたり経済が停滞し、現在は物価高に見舞われ、少子高齢化などを背景に将来不安を抱えています。私たちの抱える暮らしの問題をどのように捉えていますか。政治の対応は十分でしょうか。

中北岸田政権への批判が高まっている背景には、国民生活が苦しくなっていることがあります。日銀の『生活意識に関するアンケート調査』(2023年9月調査)によると、暮らしに「ゆとりがなくなってきた」と答えた人の割合は57.4%に上り、「ゆとりが出てきた」と答えた人の3.1%を大きく上回りました。この比率は、2008年のリーマン・ショック後に近い水準です。それほど意識の上ではゆとりがなくなっています。

一方、同じ調査では1年前と比べて収入は増えたとする回答は増えているものの、他方で物価が上がったとする回答は9割を超えており、物価の上昇に賃上げが追い付いていない現状がわかります。実質賃金の低下が国民生活を苦しめています。

これに対して岸田政権は、電気料金やガソリン料金への補助を行い、負担軽減策を実施していますが、暮らしを良くするには十分ではありません。政策的な本筋は、やはり賃金を引き上げていくことでしょう。しかし、それも十分ではありません。

これらは短期的な課題ですが、中・長期的には、社会・経済・財政の持続可能性という問題もあります。しかし岸田政権の政策を見ると、これに逆行するような政策が散見されます。例えば、防衛費の増額です。増額自体は一定程度必要かもしれませんが、岸田政権は財源を先送りにしています。子育て支援策も同じです。岸田政権は手当の増額などを打ち出してきたものの、持続可能な財源を提示できていません。財政支出が先行する形で政策が進められており、政治的には短期的な視点で政権運営が続けられているといえるでしょう。

このように見ると、岸田政権の政権運営は短期的に不十分であり、中・長期的にも持続可能性を担保できておらず、両面において不十分だといえます。

短視眼的な政権運営の背景

安藤まったく同感です。例えば今、働く現場は人手不足が顕著になっています。しかし、こうなることは、少子高齢化の進展を踏まえれば30年前から予測できたはずです。政治はそれに対応できませんでした。

中北中・長期的なビジョンを示せず、小出しの対応が続いた結果、ここまで来てしまいました。財政も同じで、借金の付け回しを行った結果、赤字がどんどん積み重なっています。

安藤今の日本の状況は、カエルがゆっくりと熱せられることに気が付かず、ゆで上がってしまう「ゆでガエル」現象のようですね。

中北そういう文脈で捉えると、民主党政権がかつて実践した「社会保障と税の一体改革」は、この問題に真剣に向き合った結果だったと思います。消費税率の引き上げは国民にとって確かに苦しいものですが、それとセットで社会保障制度を支えていくパッケージを党派を超えて議論することは必要だと思います。

これに対して、民主党政権以降の自公政権では、短期的な視点での政策が増えました。中・長期的な問題が先送りにされ、そのツケがいろいろなところに出てきています。

安藤政治が中・長期的なビジョンに基づいて進められないのは何が問題なのでしょうか。政治家の質の問題でしょうか。それとも選挙制度に問題があるのでしょうか。

中北私は選挙制度に問題があると考えています。30年前の政治改革で小選挙区制度が導入されたのは、中選挙区制度では利益誘導政治が行われ、財政が膨張するため、それを見直す必要があるといわれていたからでした。小選挙区制度にすれば二大政党化が進み、安定した単独政権が成立するため、痛みを伴う政策も実現できるともいわれてきました。

しかし、結果を見るとどうでしょうか。財政は健全化するどころか悪化しています。社会保障も持続可能性が心配されています。中・長期的なビジョンに基づく政策が採られてきたとはいえないでしょう。

安藤なぜそうなってしまったのでしょうか。

中北民主党に政権を奪われた自民党からすれば、政権を二度と奪われないようにすることが至上命令となります。そのため選挙のたびに「ばらまき」的な政策を打ち出し、政権を維持しようとしてきました。

小選挙区制度は「勝者総取り」の仕組みですから、1票でも多い方が議席を獲得し、1議席でも多い方が政権の座に就きます。そのため政治は短視眼的な選挙至上主義の方向に向かい、中・長期的な政党を超えた合意をつくることが難しくなります。つまり、政権を維持することと、政治の責任を果たすことが乖離してしまいます。ここに現在の日本政治の問題があるのではないでしょうか。

安藤政治家自身がこの構造を変えるのは難しいかもしれませんね。

中北そもそも政権交代可能な民主主義を実現するという小選挙区制度の一番の目玉が現実から遠のいています。「政治とカネ」の問題で政権の支持率が低下していますが、かといって政権交代の兆しは見いだせません。

自民党型「利益誘導政治」の限界

安藤生活が苦しくなった背景には、利益誘導を中心とした自民党の政治のあり方が通用しなくなっていることもあるのでしょうか。

中北自民党政治の特徴は、派閥と族議員にみられる利益誘導政治にあります。ただし、自民党にはもう一つの流れがあります。それは新自由主義的な規制緩和や民営化の路線です。後者の流れは、いわゆる「小泉改革」などで時折、表に現れますが、自民党の本質的な政治のありようは、かつての田中角栄に象徴される利益誘導政治にあるといえます。つまり、地域の有力者や業界団体に利益を供与する代わりに、票とカネを獲得する政治のあり方です。

安倍政権は、この二つの特徴をミックスした政治であり、菅政権は後者の規制改革路線でした。現在の岸田政権は利益誘導政治に先祖返りし、派閥に頼る政権運営をしています。だからこそ、派閥のパーティー券の裏金問題が直撃したのです。

岸田政権は、連合との距離を縮めています。労働組合を旧来型の利益誘導政治における業界団体の一つとして組み込もうとしているのです。

組合員の皆さんには、労働組合は自民党を支援すればいいという人もいるでしょう。しかし、それは禁じ手だと、はっきり言っておきたいと思います。

労働組合としては、自民党に頼んで賃上げをしてもらうのではなく、自分たちの力で政権交代を実現し、賃上げを引っ張っていくという気概を持ってほしいと思います。

安藤賃金が低迷してきた背景には労働組合の責任もありますね。

中北こうした現状の背景には、政治の問題だけではなく、経済の問題もあります。特に1990年代後半以降、経済界はグローバル競争を生き残るためにコストカットの経営を進めてきました。日本企業は賃上げをせず、労働組合も賃上げ要求を抑制してきました。しかし、企業は投資もせずに内部留保をため込み、現在の低賃金が生み出されました。

ただ、そうした局面は今、変化を迎えています。労働組合はもっと大局的な視点で社会を捉えてほしいと思います。

例えば、そごう・西武の労働組合のストライキは、社会に大きなインパクトを与えました。国民の間ではストライキを好意的に受け止める声が大勢を占めました。また、春闘での賃上げに対する期待も高まっています。労働組合は、こうした社会の変化を捉え、戦略的な発信をしてほしいと思います。

自民党の対抗勢力を生み出すには労働組合の役割が重要だ

対抗勢力をどうつくるか

安藤現在の自民党政治を変えられないのは、野党が弱いことに大きな原因があります。支持基盤である連合も構成組織によって立憲民主党と国民民主党に分かれて支援しています。他方、自民党の支持率が低下しても野党が無党派層を取り込めているわけでもありません。そこに維新の台頭もあります。どうすれば自民党への対抗勢力をつくり、緊張感ある政治状況を生み出せるでしょうか。

中北自民党の対抗勢力がない状態の最大の要因は、民主党系の政党が分裂してしまったことです。

自民党への対抗勢力をつくる上で労働組合はやはり重要な役割を担っています。選挙では無党派層の支持も必要ですが、まずはコアとなる支持層を固めることが鉄則です。そこで連合の役割が重要になります。地方連合会が一体となって選挙を行う態勢がなければ、自民党の対抗勢力にはなり得ません。連合の支持政党が立憲民主党と国民民主党に分かれていては戦えないのです。

政権交代は決して「風頼み」では起きません。2009年の政権交代の背景には、連合と民主党ががっちりタッグを組んで選挙に臨む態勢をつくったことを思い出す必要があります。連合の支持政党を一本化することが必要です。

有権者に選択肢を示す

安藤組合員や有権者に対してどのような選択肢を示すことができるでしょうか。

中北選択肢は、自民党の利益誘導政治か規制改革政治かの二つだけではありません。第三の選択肢もあります。それが、働く人や生活者の立場を起点とした改革を訴える政治です。この視点が弱かったからこそ、現状の生活難があります。自民党の利益誘導政治ではなく、維新の規制改革でもなく、働く人や生活者の立場に立った改革こそ訴えていく必要があります。

安藤おっしゃるとおりだと思います。働くことに関する課題がこれだけクローズアップされている時代だからこそ、労働組合の支援を受ける政党は雇用・労働政策をもっと前面に打ち出してほしいと思います。

中北そうですね。野党は、賃上げを含め労働政策の打ち出しをもっと強める必要があると思います。

同時に政権交代を狙う野党に必要なのは、有権者から政権を担える政党だと認めてもらうことです。そのためには外交・安全保障政策や社会保障政策に関して持続可能で実行可能な政策を有権者に提示し、非現実的な政党というイメージから脱却する必要があります。

加えて、政権運営のためのチーム力を高めることです。個人がばらばらの方向を向いて活動するのではなく、一つの政党として、チームとして同じ方向性を共有して行動することが重要です。

変化の主導権を握る

安藤「政治とカネ」の問題で岸田政権の支持率が低下し、自民党には自浄能力がないと認識される一方、野党もばらばらのままで頼りにならないという現状が続くとどうなるでしょうか。

中北政治的な空白を狙って、既存政党に属さないアウトサイダーが一気に権力を握ろうとする可能性もあります。ただ、それが人々の暮らしを良くするとは思えません。

私は、労働組合やその支持政党、リベラル・社会民主主義的な勢力が、いかに時代の変化を捉え、主導権を握れるかが大切だと考えています。

大きな時代の流れを見ると、ここ20〜30年間続いてきたコストカットを中心としたグローバリゼーションの時代が変わりつつあります。そうした国際的な流れとリンクする形で賃上げが正当化されるようになっています。

しかし、この変化の主導権をリベラル・社会民主主義的な勢力が握れているかというとそうではありません。世界的にもポピュリズムがその代替機能を果たしており、差別や排外主義の問題を招いています。

労働組合には今こそ歴史の転換点の主導権を握ってほしいと思います。賃上げやストライキなど労働組合に対する期待は高まっています。チャンスは目の前にあります。「ボールがど真ん中に来ているのに、打ち損じたら怒られそうだからバットを振らない」。そんな風にならないでほしいと思います。大きな構想力を持って運動を展開してください。

情報労連に対する期待

安藤最後に情報労連に対する期待を聞かせてください。

中北情報労連は、かつては官公労の組合でありながら現在は民間企業の組合であり、連合の中間的なポジションにいる産別です。政策的なスタンスも、伝統的にリベラルな価値観を守りながら、現実的な政策を掲げてきました。その意味で、情報労連は、連合運動をけん引する存在であってほしいと思います。

暮らしを良くするためにも、労働組合運動にこれだけの期待が高まる時代は近年にはありません。にもかかわらず、連合が支援する政党は二手に分かれてしまっています。働く人や生活者の期待に応える政治を実現するためにも、支援政党を一本化する必要があります。その役割を情報労連が担ってくれることを期待しています。

安藤本日はありがとうございました。

(対談実施:2023年12月14日)

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