常見陽平のはたらく道2024.05

「グローバル人材」の罠

2024/05/14
「グローバル人材」なる言葉が叫ばれて久しい。果たしてその言葉が真に意味することを意識できているだろうか。

「おい、常見、俺に英語を教えろよ」中学時代、定期テスト期間にトイレでヤンキーの先輩が絡んできた。ボンタンにリーゼントという、まるで氣志團のような、ヤンキー漫画の主人公のようなルックスの先輩だった。しかし、風のうわさで彼がその後、地元のラーメンチェーンの営業本部長となり、海外展開を牽引していると聞き、驚いた。相変わらず「気合い」が入っている。

「グローバル人材」なる言葉が叫ばれてかなり時間がたった。「デキるビジネスパーソン」は「グローバル人材」をめざせと、何度も盛り上がりを見せた。「グローバル人材」とは何かという定義も何度も行われ、語学力だけではない突破力、環境適応能力、多様性の理解など、さまざまな能力・資質が指摘され、その力をいかにつけるかが話題となった。

もっとも、最近では、AIなどICTに関する人材に注目が移っているようにも感じられ、グローバル人材という言葉も以前ほどはメディアで見かけなくなった。大学もそうで、グローバル系学部ブームは一段落し、AIやICT、データサイエンスに関心が移っており、最近はこれらの新設学部が話題となる。

まさに私自身、グローバル系学部の立ち上げから募集停止まで目撃した。その教訓を共有しよう。2015年に勤務先の大学で国際教養学部が設立された。留学必修で海外研修プログラムも充実している上、語学教育にも力を入れているというものだった。1年を4期に分けるクオーター制を導入し、さまざまな科目を学ぶことができるようにした。グローバル系の要素がてんこ盛りの学部だった。

もっとも、教員としては試行錯誤の繰り返しだった。プログラムと教員の指導スキル、学生の能力・意欲をどのように擦り合わせるか悩んだ。学生にも過度な負荷をかけてしまった。

そもそも「グローバル」という言葉について、学生と教職員の間で大きなギャップがあったのも事実だ。インターナショナルとグローバルは、明確に意味が異なる。前者は国境を意識した世界観だが、後者は地球を俯瞰した視点で物事を捉え考える。ただ、学生にはそのような概念など届いていなかった。「グローバル」として想起するものは、「成田空港」だった。「世界で働く、世界と働く、世界をもてなす」というコンセプトの下、学生を育ててきたつもりだが、主な就職先は「世界をもてなす」仕事が中心だった。それを悪いとは言わない。ただ、内向き志向を打破するはずの学部だったのだが、学生の根強いローカル志向に向き合う日々だった。

新型コロナウイルスショックの影響は大きく、定員割れが4年続いた。しかも、そのうち3年は半分にも満たない状態だった。募集停止が経営側から伝えられたときに、悔しさとともに、安堵感に包まれた。

あくまで私立大学での悪戦苦闘の記録ではある。ただ、自らの内向き志向をどうするか、世界にいかに目を向けるかは共通の教訓ではないか。地球視点で考える、外から日本を見る、日本の中での心地よい空気に甘んじないこと。それが教訓だ。

「英語でタンカのきれる日本人求む!」ソニーの1960年代の求人広告だ。思えば、中学のヤンキーの先輩は、そんな人物だったのだろう。たとえ、下手くそだったとしても。あなたは英語でタンカをきれるだろうか。

常見 陽平 (つねみ ようへい) 千葉商科大学 准教授。働き方評論家。ProFuture株式会社 HR総研 客員研究員。ソーシャルメディアリスク研究所 客員研究員。『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)、『「就活」と日本社会』(NHKブックス)、『なぜ、残業はなくならないのか』 (祥伝社)など著書多数。
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