労政審でハラスメント対策を議論なくそう!パワハラ・セクハラ
「禁止法」の制定でハラスメント法制の大転換へ
労使の意見が対立
厚生労働省の労働政策審議会で、ハラスメント防止対策を巡って労使の意見が対立している。労働側はハラスメントを禁止する法整備を訴える一方、使用者側は法整備の必要はないと訴えている。他方、国際労働機関(ILO)では、ハラスメントを禁止する条約の議論が進む。労働組合は、ハラスメント法制を転換するチャンスとして世論への訴え掛けを強めている。
ハラスメント禁止規定がない
日本にはハラスメント自体を禁止する法律の規定がない。男女雇用機会均等法は事業主にセクハラ防止措置義務(11条)を定めているが、セクハラそのものを禁止する規定や違法とされるセクハラを定義する規定はない。このため、セクハラ防止への法の実効性に疑問符が付いている。男女雇用機会均等法では、セクハラに対し必要な措置を講じない事業主は行政指導の対象になる。行政の勧告に応じない事業主は、企業名公表の対象となるが、企業名が公表された事例は過去1件しかない。
また、行政の被害者救済に関する法の実効性にも課題が指摘されている(情報労連リポート2018年6月号「セクハラ対策の次の展開は?セクハラ禁止規定と行政救済機関の創設を」)。現在、都道府県労働局には、相談のほか、「紛争解決の援助」と「調停」という機能がある。前者は、労働局の職員が、双方の言い分を聞いて、助言をしたり紛争解決を支援したりする制度。後者は、紛争調整委員会に調停を行わせる制度だ。だが、違法とされるセクハラを定義する規定が均等法にないため、労働局は問題となっている行為が違法なセクハラなのかどうかを判断することができない。このため、労働局は双方の言い分を聞いて、「バランス」を勘案した解決案を提示することしかできず、被害者を十分に救済できないという指摘がある。「調停」にも同じ問題が指摘されている。
そのため、労働政策研究・研修機構の内藤忍副主任研究員は、(1)裁判例を踏まえ違法なセクハラを定義し禁止すること(2)その定義や禁止規定を踏まえて、その行為がセクハラかどうかの法的判断ができる行政救済の仕組みを設けること─を提起している(前記記事)。
パワハラに関しては、企業に対する防止措置義務も禁止規定もない。労働局に寄せられる民事上の個別労働紛争の相談件数25万3005件のうち、「いじめ・嫌がらせ」は7万2067件で6年連続でトップ。政府は2017年3月にまとめた「働き方改革実行計画」で、「職場のパワーハラスメント防止を強化するため、政府は労使関係者を交えた場で対策の検討を行う」ことを決めたが、その後、設置された「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」では使用者側の委員が「法的根拠のないガイドライン」を主張。労働側の委員は立法の必要性を訴えたが、今年3月にまとめられた報告書では、法整備を提言するまでには至らなかった。
ILOで条約制定の動き
国際労働機関(ILO)は、今年5〜6月の第107回総会で「仕事の世界における暴力とハラスメント」に関する条約を策定する方針を確認した。来年の総会で再度議論を行う。条約が採択されれば、ハラスメントに特化した初めての国際労働基準が生まれる。
ILOで提起されている、仕事の世界における暴力とハラスメントの定義は次の通り。
「一回限りの出来事か繰り返されるものかを問わず、心身に対する危害あるいは性的・経済的に危害を与えることを目的とするか、そのような危害に帰する、あるいは帰する可能性が高い、一連の許容できない行動様式及び行為またはその脅威と理解されるもの(性差に基づく暴力とハラスメントを含む)」(ILO駐日事務所HP)
このようにILOの提示する定義は、身体的精神的、性的または経済的危害などを幅広く含む。また、「加害者および被害者」には取引先や顧客などの第三者が盛り込まれる包括的な内容になっている。
ILOの調査では、80カ国中60カ国が「職場の暴力やハラスメント」について規制を行っている。また、セクハラに関しても80カ国中63カ国が労働者、管理者または第三者のセクハラを禁止している(連合第14回中央執行委員会資料から)。日本は諸外国に比べハラスメント対策で後れを取っていると言わざるを得ないと連合は指摘している。
法制化を求める労働側
こうした中、厚生労働省の労働政策審議会雇用環境・均等分科会は、男女雇用機会均等法と女性活躍推進法の見直しに加え、パワーハラスメント防止対策についての議論を9月からスタートさせた。この中で、セクハラやパワハラの防止対策が議論されている。
労働側はこの中で、パワハラの定義を修正してあらゆるハラスメントを対象に含むようにすべきことや、ILOの条約案や国際人権規約、女性差別撤廃条約の勧告を踏まえ、職場のハラスメント全般に関する禁止規定が必要だと主張。ハラスメント行為の禁止と措置義務化などを訴えている。
一方、使用者側は、パワハラと指導との線引きが難しいことなどを挙げ、まずは法的根拠のないガイドラインを制定し、周知すべきと訴えている。
連合は9月21日の第14回中央執行委員会で「仕事の世界における暴力とハラスメント」対策に関する考え方を確認した。この中では、「ハラスメントが未だ蔓延している実態を鑑みれば、政府は、国内におけるハラスメント対策を強化すべきであり、その対策は、ILO加盟国として2018年総会で確認された『仕事の世界における暴力とハラスメント』基準設定委員会報告を参考に、2019年総会での条約採択とその批准をめざした議論を行うべきである」とし、「今、求められているのは、職場のあらゆるハラスメントに対応できる施策であり、そのためには(中略)ハラスメントの防止措置、被害者救済機能の整備とともに、ハラスメント行為そのものを禁止する規定が必要である」と強調した。
また、同日には男女雇用機会均等法改正に対する考え方として、「セクシュアル・ハラスメント行為を禁止する条文を加えるべき」であることなどを確認した。
連合は、労働政策審議会での対応に加え、2019年ILO総会での条約採択と日本での批准に向け、国際労働組合総連合(ITUC)と連帯して「STOP!仕事におけるジェンダーに基づいた暴力」キャンペーンなどを展開、要請行動や国会対応などを行い、世論喚起を図る。
セクハラ、パワハラは、それを受けた労働者の健康に悪影響を及ぼし、パワハラはそれを目撃した周囲の人の健康にも影響を及ぼすと指摘されている(丸山総一郎編『ストレス学ハンドブック』P459)。また、離職や生産性の低下、職場環境の悪化などを通じた企業組織への悪影響を招くほか、近年ではセクハラ・パワハラに関連する労働災害の認定、民事訴訟等も増えている。マスメディアなどで取り上げられれば、企業は大きなダメージを受ける。
ハラスメント禁止法の整備は、泣き寝入りしている数多くの被害者の救済につながるとともに、社会全体でハラスメントを許さないという強いアナウンス効果を持つ。世界的にハラスメント根絶の流れが強まっている中で、日本のハラスメント対策が遅れたままでいいのかが問われている。