特集2020.10

「コロナ雇用危機」を乗り越えるために今こそ政労使で議論し
雇用のセーフティーネットの構築を

2020/10/14
新型コロナウイルスの感染拡大が労働・雇用に大きな影響を及ぼしている。働く人たちの生活を守るために何が必要なのか。セーフティーネットの構築が急務だ。
神津 里季生 連合会長

浮かび上がった日本型雇用の弱さ

新型コロナウイルスの感染拡大は、労働分野でもさまざまな問題を浮かび上がらせました。その根っこにあるのは、日本の雇用のセーフティーネットの弱さです。しっかりした雇用のセーフティーネットがあれば、さまざまな課題の解決につながると考えています。

コロナの影響は、立場の弱い人たちに集中的に現れました。連合は「非正規」という呼称を普段使いませんが、「非正規」と呼ばれる働き方は、雇用が不安定で、かつ処遇が低いという傾向がかなり強い。雇用が不安定なら、処遇を高くすべきです。しかし、現実はそうなっていません。

日本の雇用社会は、伝統的に長期雇用で、一つの会社で能力を高めながら処遇を上げていくというスタイルです。高度経済成長期には多くの労働者にそれを当てはめることができましたが、歴史的・世界的に見れば例外的な状況でした。低成長の現在、すべての労働者にそれを当てはめることが難しくなっています。

そうだとすれば、北欧型のセーフティーネットを張ることが必要だと私は思います。仕事を失ったりした人たちを現物・現金給付で支えながら、職業訓練で職業能力を高めて、再就職のマッチングを支援する。それを政労使が協力しながら行う。国の責任で、雇用にセーフティーネットを張りめぐらせ、労働者が路頭に迷うようなことを防ぐ。そういう仕組みを持っていなかったので、この20年間、雇用が不安定化し、格差が拡大してしまいました。この機会にそうしたセーフティーネットをしっかり張らなければいけません。

賃上げとセーフティーネット

セーフティーネットの存在は、賃上げにもつながります。

賃金は労働者が要求し、使用者と交渉することで初めて上がります。安倍政権は経済の好循環を訴え、賃上げの必要性を認識していました。しかし、結局それは、労働組合が組織された大企業における労使交渉に光を当てるだけにとどまりました。

連合では2016年から「底上げ」「底支え」「格差是正」を掲げ、春季生活闘争を闘い、中小のベアが大手のそれを上回ったり、パート労働者の賃上げ率が正社員を上回ったりするなどの成果を獲得してきました。ただ残念ながら、世の中全体に波及したかというと十分とは言えません。

一方、今年の最低賃金の引き上げ額は微増にとどまりました。こうしたことを繰り返していては、経済は浮上しません。

内閣府の調査(『我が国と諸外国の若者の意識に関する調査』)によると、日本は「職場に不満があれば、転職する方がよい」という回答の割合がスウェーデンに比べて明らかに低い。スウェーデンではセーフティーネットがあるので比較的、生活の心配をせず行動に移しやすい一方、日本ではセーフティーネットが弱いので我慢して仕事を続ける人も少なくありません。こうした環境では労働者が声を上げたり、転職したりしづらく、賃金は上がりにくい。働く側の選択肢を広げることは賃上げにもつながります。賃上げのためにも、セーフティーネットが大切なのです。

「ジョブ型」の同床異夢

この間、連合として、コロナで困難に直面している人たちに対する迅速な支援を政府や経営者に要求してきました。

その中では、「コロナ後」の社会を見据えた要請も行ってきました。例えば、「マイナンバー制度」の活用です。迅速で的確な支援を行うためにも、「マイナンバー制度」を活かすべきです。

働き方の変化という点でも議論してきました。例えば、「ジョブ型」という言葉が最近よく使われます。ただ、この言葉は同床異夢になっていて、人によって使われる言葉の意味が大きく異なります。職場に労使関係があれば納得できる制度ができるかもしれませんが、そうでなければ使用者に都合のいい制度を押し付けられる結果にもなりかねません。

一方で、「ジョブ型」の理念に関する前向きな論点もみられます。例えば、ある労働者が、会計に関する知識とスキルを持っている。それを企業横断的に評価する仕組みがあれば、一つの企業で我慢して働き続けなくても、転職して賃金水準が下がらず、働き続けられる。とはいえ、こうした仕組みを一気につくることは難しい。そのためにも、まずは雇用のセーフティーネットをつくることが欠かせません。

2021春闘へ向けて

最低賃金が微増にとどまったことで、この間の賃上げの流れにも影響が出る恐れがあります。放っておくと来春闘の賃上げの流れ自体が止まりかねません。

確かに、一つの会社の中だけで考えれば、「会社がつぶれそうなときに賃金を上げられるか」ということにもなり得ます。しかし、その理屈を日本全体に当てはめるのは間違いです。賃金を上げて、そこに労働者が移動していく。そうしたいい意味での雇用の流動性を高めることは、しっかりとしたセーフティーネットを張り、雇用のマッチングを実現すれば可能です。私は「賃金は上がるものという常識を取り戻そう」と訴え続けてきました。コロナでそれを止めてしまったら、ただでさえ他の先進国に比べて遅れをとっているのに、余計に問題を悪くするだけです。だからこそ、この大きな節目に、政労使が協力して、雇用のセーフティーネットをつくるべきだと繰り返し訴えています。

政労使でセーフティーネットの議論を

企業別が中心だった日本の労使関係からすると、こうした考え方は運動の一つの転換点のように聞こえるかもしれません。企業別の労使関係の良い面は当然活かすべきです。

一方、日経連が1995年に『新時代の「日本的経営」』を発表し、雇用の類型を三つのグループに分類しましたが、その中で、セーフティーネットがないまま、テンポラリーな雇用だけが広がってしまいました。結果的に使用者に都合のいい形の雇用社会が形成されてしまいました。当時、政労使が合意してセーフティーネットをつくっていれば、状況はかなり変わったはずです。

日本社会には「自己責任論」がはびこっていて、十分な収入を得られる仕事に就けないのは、その人のせいだという批判が絶えず出てきます。今回のコロナや東日本大震災のような危機の際は、人々の助け合いで何とか乗り切ろうとしますが、その繰り返しだけではとても無理です。新型コロナウイルスの感染拡大は、そのことを明らかにしました。

日本の労働者は気質として一生懸命に働きます。使用者や政府は、その労働者のまじめさにあまりにも寄りかかり過ぎています。今こそ、政労使が議論して、雇用のセーフティーネットを日本に張りめぐらせるべきです。

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