特集2020.10

「コロナ雇用危機」を乗り越えるために「コロナ危機」と労働法
知っておきたいポイントをおさらい

2020/10/14
「コロナ危機」でも労働法が働く現場に適用されることは変わらない。危機だからこそ労働法の従来のルールをおさらいすることが大切だ。成蹊大学の原教授にポイントを聞いた。
原 昌登 成蹊大学教授

従来のルールを適用

新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、雇用・労働分野にも大きな影響が出ています。ですが、危機だからこそ労働法の従来のルールを知っておくことが重要です。危機においても、適用されるのは新しいルールではなく、あくまでも従来のルールだからです。

日本の労働法は、合理性や帰責性という抽象的な概念を採用することで、諸外国との比較でみても、社会変化に対応しやすい法体系を構築しています。リーマン・ショックや東日本大震災の際も、裁判所はそれらの社会変化の特殊性を読み込みつつ、従来の労働法のルールを用いて判断を行いました。今回の「コロナ危機」においても、従来のルールが適用されるという前提は変わりません。そのことをまず押さえておく必要があります。

労働条件の不利益変更

そうした前提に立って、個別のルールについて見ていきましょう。

まずは、賃金や労働時間など労働条件の不利益変更の場合です。ここでのポイントは、労働条件の不利益変更は、使用者の都合で一方的に行うことはできない、ということです。雇用関係はあくまで契約がベースです。契約の枠を超えて使用者が労働条件を一方的に引き下げることは労働法のルールに照らして許されません。

かといって労働条件の不利益変更が不可能ということではありません。それを行うためには、一定のルールを踏まえる必要があります。ポイントは、労働者の同意を得ること。労働者の同意がない場合に不利益変更が認められるのは例外的な場合のみで、法的に見て変更に合理性があると評価される必要があります。

その合理性の判断で重要なのは、労働者に対する説明が十分に行われたかどうかです。例えば、「経営が苦しいから」といった抽象的な説明だけでは、合理性があるとは評価されないでしょう。使用者は、資料に基づいて情報を明らかにし、方針を説明する必要があります。

その際、今回の「コロナ危機」のような社会的事情はどの程度考慮されるでしょうか。リーマン・ショックの際の判例を振り返っても、「リーマン・ショックで苦しいから」という理由だけでは不利益変更は許容されていません。むしろ、判例には、危機だからこそ使用者からの十分な説明が求められると判断するものもありました。実際、不利益変更には合理性がないと判断された事例はいくつもあります。裁判所は「危機だからやむなし」ではなく、従来のルールにのっとって冷静に判断したと言えます。今回の「コロナ危機」でも同様の判断が行われるのではないでしょうか。

使用者と労働協約を締結していれば、労働組合がその改訂に「イエス」と言わなければ労働条件を変更することはできません。今回を機に労働協約の締結を進めるのもいいかもしれません。

休業手当のポイント

今回の「コロナ危機」では、休業手当に注目が集まりました。労働基準法26条は、使用者の責任で休業する場合は、労働者に最低6割の休業手当を支払わなければいけないと定めています。

では、どこまでが使用者の責任による休業だと言えるでしょうか。本人が新型コロナウイルスに感染して出社できない場合は別として、感染が確定的ではない状態、例えば熱が37.5度以上ある場合は休むなどのルールを使用者が定めた場合は、使用者の責任による休業だと言え、休業手当を支払う必要があるでしょう。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う休業は、確かに経営外部の出来事ではありますが、使用者の帰責性は広い範囲で認められると考えられます。

休業手当の額についても、6割は最低限の基準なので、それを上回る水準を労使で決めることに何ら問題はありません。労働者が体調不良などをきちんと隠さずに申告できるようにするには、むしろ休業手当の額を手厚くしておく方がよいと言える面もあるでしょう。

解雇のルールは?

次に解雇の事例を見ていきましょう。「コロナ危機」で懸念されるのは、経営状況の悪化に伴う「整理解雇」です。

リーマン・ショックの際も整理解雇に関する裁判が数多くありました。整理解雇が認められなかった判決を分析すると、裁判所はリーマン・ショックという事情を考慮しながらも、むしろ使用者に厳しい判断をすることがありました。当時は解雇されれば再就職が非常に難しい状況でした。それに対して、裁判所は人員削減の必要性があるのか、解雇以外の手段はないのかということを厳しく問いただしたのです。例えば、雇用調整助成金を活用できなかったか、希望退職を募ったのかなどを裁判所はチェックしていました。ほかに取れる手段がある中で整理解雇はできないというのが裁判所の考え方だと言えます。

今回の「コロナ危機」においても同じことが言えるでしょう。特に今回の場合、政府は雇用調整助成金を拡充するなどの支援策を講じています。こうした制度を使わず整理解雇に踏み切っても法的には認められない可能性が高いです。

事業所の閉鎖に伴う解雇も、整理解雇のルールが適用されます。事業所の閉鎖によって解雇が当然に認められるわけではありません。解雇を避けるべく、近隣の事業所への異動や関連会社への出向やあっせんを打診したかなどが問われます。また、再就職の支援のように解雇の打撃をやわらげる努力をしたかも法的に評価されます。

事業所閉鎖は経営にかかわることなので、それ自体を労働法で直接規制することは困難です。ただ、それによって労働者の労働条件に影響が及ぶことになれば、団体交渉のテーマになります。労働協約で事業所閉鎖に関する事前協議制を定めておくことは有意義だと言えるでしょう。

また、整理解雇ではなく、使用者が退職勧奨を行ってくる場合も想定できます。使用者が退職勧奨をすること自体に法的な問題はありません。ただし、それをしつこく繰り返したり、脅したりして行うことは違法です。もちろん、労働者には退職勧奨に応じない自由があります。違法な退職勧奨が行われていないかチェックする必要があるでしょう。

なお、非正社員である有期雇用契約労働者の場合も、契約が繰り返し更新されているなど、期間満了後も雇用継続が期待されるような場合であれば、解雇に近いルールが当てはまります。契約の更新拒否(雇い止め)が許されないこともあります。

リーマン・ショックの際の裁判では、雇い止めせざるを得ない理由を会社がきちんと説明したどうかが問われました(説明を尽くしたことから雇い止めを適法とした事例もみられます)。

有期契約労働者への保護は正社員である無期契約労働者に比べてどうしても弱いというのが現状です。しかし、契約期間が満了したからといって雇い止めが当然に認められるわけではないことは強調しておきます。


労働基準法をはじめとする法律のルールは、あくまで最低限の基準です。それを上回るルールを労使で定めることに何ら問題はありません。危機を乗り越えるために、労使がきちんと話し合って、互いに痛みを分かち合いながら落とし所を見つける。それができるのは労働組合をおいてほかにありません。危機だからこそ、労働法を知り、労働組合を活用することが望ましいと言えるでしょう。

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