特集2020.10

「コロナ雇用危機」を乗り越えるために危機に弱さを露呈した日本のセーフティーネット
「新しい生活困難層」への対応を

2020/10/14
「コロナ危機」で日本のセーフティーネットの弱さが浮かび上がった。乗り越えるためには何が求められるのか。
宮本 太郎 中央大学教授

新しい生活困難層に集中したダメージ

「コロナ危機」は、日本のセーフティーネットの弱みを極端な形で浮かび上がらせました。

日本のセーフティーネットの弱さはこれまでにもさまざまな場面で指摘されてきました。それは、男性稼ぎ主が直面する定型的なリスク(病気やけが、定年退職など)には社会保険で備える一方、それが困難な人々には生活保護で対応するという二極構造に基づくものでした。

この間、指摘されてきたのは、その二極構造では対応できない、「新しい社会的リスク」の広がりでした。例えば、非正規雇用の増加で、働いてはいるものの生活が安定しない。しかし、働けているということで生活保護は受けられない。または、老親の介護が必要でも施設に入れず、仕事を辞めざるを得ず生活困窮に陥る。このような従来の二極構造のセーフティーネットでは対応しきれない問題に直面する人々が増えてきたのです。これらの「新しい社会的リスク」に直面する人々を私は、「新しい生活困難層」と呼んできました。

新型コロナウイルスの感染拡大は、「新しい社会的リスク」とともに経済グローバル化に伴う「新しい自然的リスク」を顕在化させたと言えます。そのリスクは「新しい生活困難層」を直撃しました。「新しい生活困難層」の多くは、非正規雇用や対面サービスの分野で働く人たちであり、感染リスクの高い層でもあります。今回のコロナ危機は、「新しい生活困難層」に対して、集中的に打撃を与えたのです。

こうした現状に対して、政府のコロナ対策は、家庭にその対応を押し付けるものでした。学校を休みにして、「ステイ・ホーム」を唱え、ケアを家庭に任せれば、そこに団らんの場があるような幻想もあったのではないでしょうか。しかし、「新しい社会的リスク」を抱えた家庭にとって、そのリスクを軽減するセーフティーネットがなければ、家庭は一転してリスクの集約点になり得ます。実際、「ステイ・ホーム」によって過度な負担を押し付けられ、家庭の中でストレスを抱え込んだ人は少なくありません。家庭が慈しみの空間であり続けるためにも、家庭を下支えするセーフティーネットが求められます。

地域の雇用をシェアする

家庭を支える基本的な柱は、勤労収入ですが、「コロナ危機」によって、それも危うくなっています。雇用頼みだった日本のセーフティーネットからすると由々しき問題です。

政府はこの間、住居確保給付金や緊急小口資金、総合支援資金などの支援制度を拡充してきましたが、期限も財源も限られています。今後を見通せば、これまでの制度にとどまらず、みんなが力を発揮できる条件を創出する方向で、新しいセーフティーネットを構築していくことが求められています。

雇用については、従業員シェアリングなどという言い方も現れているようですが、従業員はシェアの対象ではありません。逆により多くの人々が地域経済をシェアという考え方に立つべきと思います。今回の危機を、地域において企業横断的なワークシェアリングを構築する機会にしてほしいと考えています。

地域で雇用をシェアするために重要なのは、「オーダーメイド型雇用」の創出です。それは、「メンバーシップ型」でも、「ジョブ型」でもなく、その人にあった仕事をオーダーメイドでつくり出していく取り組みです。

これまでの日本の働き方では、複合的な問題を抱えた人が働き続けられる環境は多くありませんでした。「オーダーメイド型」の雇用では、そうした人でも働き続けられるように、その人に合わせた仕事を切り出していきます。「ユニバーサル就労」という言葉がありますが、働く意志のある人が誰でも働けるようにするためには、その人に合わせた仕事をオーダーメイドする作業が不可欠です。

そうした取り組みは、自治体によってすでに始まっています。例えば、豊中市はハローワークとは別に求人情報を集め、求職者に紹介する無料職業紹介事業を行っています。市では、困窮や障害などの相談窓口に訪れた人が働きたいという場合、相談者に同行して企業を訪問し、その人に合う仕事をつくれないかを企業と協議して、就労を後押しします。オーダーメイド型の雇用の創出にあたっては、かつての失業対策事業のように一般の仕事とは別の場所に仕事をつくるのではなく、このように一般の職場の中に仕事を生み出していくことが重要です。

立体的なセーフティーネット

ここまで説明してきた「新しいリスク」に対応するためには、セーフティーネットを重層的に構築する必要があります。それには三つの観点があります。包括的な相談支援、多様な就労と居場所、そして補完型所得保障の三つが重層化することが大事です。

まず、「新しい生活困難層」など地域の人々が抱える複合的な困難について、包括的な相談支援の場が地域に複数あることが重要です。

ただし、相談の場には人々を元気にする魔法の杖があるわけではありません。次に、人々が元気になることができる場が地域にたくさんあることが大切です。知識や技能を学び直したりする教育の場、先ほどのオーダーメイド型雇用など就労の場、そして高齢者や子どものためには居場所の確保も必要です。養老ではなく幼老の場、つまり高齢者と子どもが一緒にいることで認知症高齢者の症状が改善されるといった共生型の居場所も注目されています。

そして、例えばオーダーメイド型の雇用に就いたとしても、長い時間働くことができなかったり、あるいは非雇用型の就労だったりする時は、所得を補完する所得保障が不可欠になります。例えば、住宅手当や給付付き税額控除のような制度がこれにあたります。

首相が代わって、自助、共助、公助というスローガンが話題になっています。大事なのは、こうした表現でいかなる地域社会を構想するかです。

自助・共助・公助という時、一方で「できる限りは自助で、力尽きたら共助で、共助もだめなら公助で」という「自助社会型」の議論があります。この場合、公助というのは生活保護のような最後の手段です。新首相のいうのはこちらに近いようです。

他方で、「自助が可能なように共助が支え、共助の支え合いが成り立つように公助が地域を支援する」という「連携型」の考え方があります。

これからの地域のセーフティーネットはこの連携型の形をいかに整備できるかということになると思います。

相談支援や元気になる場というのは、NPOや協同組合、労働組合、さらに地域の住民組織など、共助的なつながりが活かされることが求められます。こうした共助が「新しい生活困難層」などの自立や自助を支えることになります。

同時にこうした共助の組織は、持続的な活動のためにも公的な事業を受託したり補助金を受けたりしていくこと必要です。つまり公助が共助を支えるわけです。

補完型の所得保障というのも自助を支える公助です。

「コロナ危機」で日本のセーフティーネットの弱さが浮かび上がりました。それを克服するための構想と実行力が求められています。

特集 2020.10「コロナ雇用危機」を乗り越えるために
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