特集2021.06

ジェンダー平等に向けてビジョンを共有する
職場で、労働組合で、何をめざすのか
特権に気付き社会を変える
マジョリティーへの教育を

2021/06/14
社会の不平等はなぜ生まれるのか。背景には、特権に無自覚なマジョリティーの存在がある。特権の存在にどう気付き、マジョリティーは何をすべきなのか。
出口 真紀子 上智大学教授

特権とは何か

「特権」とは、「あるマジョリティー側の社会集団に属していることで労なくして得る優位性」と定義しています。英語では「Privilege」。ポイントは「労なくして得る」で、たまたまマジョリティー側の社会集団に属することで、自動的に受けられる恩恵のことです。

特権がぴんとこないという人も少なくありません。私がよく使う例え話が、自動ドアです。センサーがあって、特権を持っている人には反応するけれども、特権を持っていない人には反応しない。特権を持っている人は、センサーが反応してドアが自動的に開くので、すいすい進めるけれども、そうでない人にはいちいちドアが立ちはだかる。特権を持っている人はドアが開くのが当たり前だと思っているので、自らの特権に気付かない。

特権の気付きづらさについてもう一つ言えるのは、「無標」です。例えば、男性の医師は単に医師と呼ばれるのに対し、女性の医師は女医と呼ばれます。このようにマイノリティー側がカテゴライズされ、マジョリティー側には何のしるし(標)もつかない。これはどういうことかというと、男性は男性であることを意識せずに済むということ。この「気にしなくていい」ということ自体がマジョリティーの特権です。

一方のマイノリティー側は、マジョリティー側が気にしなくてもいいことにも労力を割かなければいけません。例えば、女性の学生は1限の授業の際には、スカートを履くかどうか考える、といいます。ラッシュ時間帯に痴漢に遭うかもしれないからです。こうした性被害に遭う可能性を考慮して服装を選ばなくてもいい特権が男性にはあります。また、夜道をさほど気にせず歩ける、家に入る前に一旦周囲を確認しないなど、男性が気にしなくて済むことが男性特権です。

このように、マイノリティー側は、マジョリティー側が気にしなくていいことも気にしています。マジョリティー側の人々は、「気にしなくてもいい」という特権を有しているのです。

特権に無自覚な男性たち

男性が自らの特権にどれだけ無自覚なのか。こういうエピソードがあります。マイケル・キンメルという男性の社会学者が、大学院生時代にさまざまな人種・民族の女性たちとフェミニズムについて学んでいたときでした。一人の白人女性が、女性同士は同じ体験をしていると発言すると、黒人女性が「あなたは鏡を見た時に何が見える?」と聞きました。白人女性が「私には女性が見える」と答えると、黒人女性は「私には黒人女性が見える」と答えました。そこでキンメルは、「自分には人間が見える」と言ったのです。何の属性も付されない人間。キンメルは自分のことを、あたかも中立・公正ですべてのジェンダーや人種を代表する普遍的な人間であるかのように捉えていたのです。

今の日本社会で男性がもつ特権とは何でしょうか。

例えば、男性が常にリーダーシップをとる社会の中で暮らすこと自体が、男性特権の一つです。ニュースキャスターのメインはいつも男性で、女性は補佐役。男性にとっては「ふつう」な環境でも実は日々男性であることでの肯定的なメッセージを受けていると捉える直すことが重要です。補佐的な立場である女性を常に見ている女性に比べて、男性は社会的なポジションを女性より「労なくして得る」ことができています。

男性が自身の特権に気付くためには何が必要でしょうか。そのためには、男性が自身のマイノリティー性に気付くことが、一つのきっかけになると思います。

私たちは一つだけではなく、いくつものアイデンティティーを持っています。例えば、男性というだけではなく、アジア人、大卒、正社員など、さまざまなアイデンティティーがあります。その中で、いじめられた経験があるとか、ひとり親家庭だったとか、非正規雇用とか、過去を振り返ると何かしらのマイノリティー性を持っていることに気付くはずです。

男性特権は、特権の一部です。同じ男性であっても、白人男性と黒人男性の経験は同じではなく、黒人男性はその立場において差別を経験しています。こうしてアイデンティティーが交差する中で生じる差別のことをインターセクショナリティーと呼びます。さまざまな差別があり、自らのマイノリティー性に気付くことが、他のマイノリティーの人たちに共感する一つのきっかけになるのではないでしょうか。

抵抗に向き合う

特権に無自覚だったマジョリティー側の人が、自分の世界観や信念を否定されるような情報にぶつかると、抵抗を示すことがあります。女性差別が語られる場で、男性が「差別されているのは自分の方だ」と主張するようなケースです。

抵抗の背景には、その人の抑圧体験があります。マイノリティー性に伴う問題で苦しんでいるときに、「あなたには特権がある」と言われても受け入れられないのも理解できます。自らのマイノリティー性の課題に向き合い、ケアをしない限り、自分の権力を弱者に行使し、加害行為に発展してしまう可能性もあります。男性の敵は女性ではなく、家父長制です。男性が生きづらさを感じているのであれば、女性に怒りをぶつけるのではなく、家父長制を形成している社会に怒りの矛先を変える必要があります。

自らの逆境体験に向き合えるようになることで初めて余裕ができ、自らの特権に気付き、マイノリティー性をもった人たちに共感できるようになります。なぜ抵抗を示すのか、その人の考えやなぜそう思うのかの背景に耳を傾けることも大切だと思います。

特権に気付いたら

特権に気付いたマジョリティー側の人はどのような行動をとれるでしょうか。

一つには、マイノリティーの言葉を信じる、ということがあります。特権に無自覚なマジョリティーは、マイノリティーの発言を軽視しています。例えば、「大げさに言っている」「文句ばかり言っている」「偏っている」というように。でも、バイアスがかかっているのは、むしろマジョリティー側です。特権に自覚的になることでマイノリティーの言葉がより説得力を持つようになることがわかります。これまで「ノイズ」に過ぎなかったものが、「こういうことだったのか」という気付きになります。だから、男性特権があると気付いた時点で、女性が言うことを信じてください。特権に気付くということは、こうしたプロセスの連続だと思います。

その上で、特権をどう使うかを考えてほしいと思います。特権は、マジョリティー性とマイノリティー性に分けられる時点で生じるもので、本人がいらないと言っても自動的に付与され、逃げられません。そうである以上、特権がないと否定しても仕方ありません。それをどう使うかを考えるべきです。

特権を持つマジョリティーは、特権があることで社会を変えやすい立場にいます。例えば、男性であることで意見を聞いてもらいやすいとか、マジョリティー側からは中立とみなされやすいという特権です。こうした特権を使って何ができるかを考えてください。セクシュアルハラスメントがあったときに声を上げたり、ある段階まで来たら自分のポジションを女性に譲ったりすることも特権を分配する一つの方法です。

同調圧力への抵抗

日本の現状を見ると、マジョリティーの特権に気付くことは大切だと思いますが、それだけでは足りないとも感じています。なぜなら、特権に気付いたとしても、それを声に出して社会を変える動きに直結しないからです。

日本では間違った発言をしたら、一生許されないという社会の雰囲気があります。間違った発言をした人を追い詰めるだけの社会は危険です。思ったことを自由に発言して、間違ったら撤回して学び直し、周りもそれを許す社会こそが健全です。日本社会にある強い同調圧力への抵抗もセットで、特権に無自覚なマジョリティーへの教育に取り組む必要があると感じています。

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