職場の労使協議/ワークルール総点検時間外労働 上限超えたら罰則
精度の高い労働時間管理がポイントに
元労働基準監督官
きたおか だいすけ
北岡社会保険労務士事務所代表。労働省に労働基準監督官として任官し、監督指導業務に従事。北海道大学大学院博士課程単位取得退学等を経て、2009年に独立開業。著書に『「同一労働同一賃金」はやわかり』『「働き方改革」まるわかり』(ともに日経文庫)など。
上限規制のポイント
「働き方改革関連法」の成立で労働基準法が一部改正され、時間外労働の上限規制が導入されることになりました。
時間外労働の上限については、月45時間、年360時間を原則とし、臨時的な特別な事情がある場合でも年720時間、単月100時間未満(休日労働含む)、複数月平均80時間(休日労働含む)が上限として設定されました。この規制に違反した場合には罰則が科されます。
上限規制は、大企業は2019年4月から、中小企業は2020年4月から施行されます。「自動車運転の業務」「建設事業」「医業に従事する医師」に関しては施行後5年間の適用猶予が設けられました。「新技術・新商品等の研究開発業務」については適用除外とされました。
実務上、対応に苦慮すると考えられるのは、複数月規制です。例えば、ある月の時間外労働・休日労働を含む上限を99時間に設定し、その時間分を働かせた会社があったとします。すると、その労働者の翌月の時間外・休日労働は必ず61時間以内に収めなければ罰則の対象となり得ます。
これは、個別の労働者の時間外労働の状況によって、各月の制限時間数が変わってくる、ということです。複数月の規制は2カ月から6カ月までと幅があります。これまで多くの企業は事業所単位で画一的に上限時間を設定してきたと思います。しかし、複数月規制が導入されるようになると、個別の労働者の状況に応じて労働時間を管理しなければなりません。これまで以上に精度の高い労働時間管理が求められます。
その際、「見えない残業」が企業にとってのリスク要因となり得ます。例えば、サービス残業や始業前の早出出勤、休憩時間の未取得などがしっかりと管理されておらず、後から発覚したことで上限規制をオーバーしてしまう、ということも考えられます。違反をすれば罰則が科されることもあり得るわけですから、実務上、労働時間の適正管理がより重要になってきます。
労働時間の把握が大切
工場労働については、労働時間の管理・把握が比較的容易です。他方、ホワイトカラー労働者は、働き方が多様で、時間的・場所的拘束が工場労働者に比べて緩やかです。IT業界での「客先常駐」であれば、労働時間管理はより難しくなるでしょう。
では、労働時間をどのように管理すべきでしょうか。一つは、管理職や上長などが、労働者本人の就労状況をきちんと把握することです。例えば、業務に対する本人の力量や、チームの状況、対応する顧客の状況─などを上長が把握しておくことです。わからないのであれば定期的な面談や客先訪問を通じて把握するようにしなければなりません。
労働時間の把握に関しては、厚生労働省がガイドラインを定め、通達を出しています。いわゆる「46通達」や「新ガイドライン」と呼ばれるものです。ガイドラインではタイムカードやICカード、パソコンのログ記録などの客観的な記録を基礎に労働時間を把握することを使用者が講ずべき措置としています。このような技術的な方法で正確な労働時間を把握することは大切です。ただし、こうした方法にも「抜け道」はあります。さまざまな動機・目的から過少申告、過大申告が行われることがあります。やはり、労使関係の王道としては、先ほど申し上げたように上長による適正なマネジメントが求められます。
指揮命令を明確化する
労働時間の把握に関しては、労働安全衛生法66条の8の3で、面接指導を実施するために労働時間の状況を把握しなければならないという規定が設けられました。労働時間の把握が義務付けられたことの意義は大きいです。
労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいいます。指揮命令下に置かれているかどうかは、使用者の主観ではなく、実態に基づき客観的に判断されます。
近年、時間や場所の拘束性が緩やかであったり、時間配分や業務遂行方法について相当程度裁量が委ねられたりしている働き方が見受けられます。このような働き方の労働時間を適正に把握することが労働時間の課題となっています。
判断のポイントはやはり指揮命令下に置かれているかどうかです。使用者の指揮命令が漠然としていると判断が難しくなります。使用者が労働者に命令する内容を明確化させたり、命令した業務をどの程度の時間で行わせるのかなどを明確化したりすることが大切です。時間外労働をする場合には、上長の承認を事前に得るといったルールを明確化することが重要でしょう。
こうしたルール設定は使用者側が一方的に決めることはできません。現場の実態を熟知している労働者や労働組合が話し合いながら決めていくことが大切です。団体交渉や労使協議の場だけではなく、労働時間設定等改善委員会や衛生委員会といったコミュニケーションの場を活用しながらルール設定するといいと思います。長時間労働になってしまう職場は、こうした取り決めがうまくできていない場合が多いように感じます。
大きな課題としての「教育」時間
大きな課題は、「教育」の時間をどう捉えるかです。教育をどこまで労働時間の中で行い、どこからを自己学習とするのかが今後の課題となるでしょう。
「新ガイドライン」は、教育時間について「参加することが業務上義務付けられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間」は労働時間として扱うとしています。ポイントは、「使用者の指示により」という箇所です。この場合、自発的に行った学習時間は労働時間として扱われていません。黙示の指示を含め、使用者の指示があったかどうかがポイントとなります。
このため、使用者が指示をして必ず学習してもらいたいことと、使用者の指示はなく、今の業務と密接不可分とも言えないけれど、将来的に有益になる学習をどのように切り分けるかが重要になります。「将来的なキャリアには有益かもしれないけれど、やりたくない人はやらなくても大丈夫です。今の仕事をする上では不利益にはなりません」。このような学習の時間を労働組合としてもどのように捉えるかが問われると思います。
労働組合の役割
厚生労働省の今年度の行政方針を見ると、「新ガイドライン」について、周知に加えて指導の徹底を行うことが付け加えられています。「新ガイドライン」に記載のある更衣時間、待機時間、学習時間─などに関する指導が強められる可能性があります。裁量労働制についても同様です。
労働組合も協定締結の当事者として無関係ではいられません。協定締結後も主体的に運用・監視していく必要があります。そのためには労働組合も職場の声を聞いて、会社に伝えていかなければなりません。